演歌レビュー(1)

◆演歌は本来「洋楽」(いまで言うJ-POP)である。  


◇日本の「演歌」の第一号作品は、いちおう大正10年に発表された中山晋平の「船頭小唄」(「枯れすすき」)である、と言っていいだろうと思います。「船頭小唄」の大ヒットが、昭和に入ってからの同じ中山晋平の「波浮の港」(昭和3年)や「東京行進曲」(同4年)、そして古賀政男の「酒は涙か溜息か」(同6年)や「影を慕いて」(同7年)の爆発的ヒットへとつながって行き、こうして戦前の演歌全盛時代が幕を開けたわけです。演歌全盛時代は同時に江口夜詞の「秋の銀座」(同8年)や服部良一の「別れのブルース」(同12年)のような、よりバタ臭いブルース=ジャズ的な流行歌の全盛時代でもありました。前者が「船頭小唄」に端を発しているとすると、後者はこれも中山晋平の「カチューシャの唄」(大正3年)や「ゴンドラの唄」(同4年)を源流にしていると言えるだろうと思います。

◇こんにち的な感覚からすれば、前者後者ともに「演歌」に分類される音楽と言えます(因みに後者はその後、青江三奈やクール・ファイブが得意としたジャンルです)。しかしこれらの歌を歌って大ヒットさせたのは、藤原義江、佐藤千夜子、藤山一郎、ミス・コロムビア(松原操)、淡谷のり子といったクラシック畑出身の歌手たちであったことは、ここで是非とも強調しておきたいと思います。そもそもこれら一連のヒット曲を産み出す音楽的新地平を拓いた第一弾作品となった中山晋平の「カチューシャの唄」は、島村抱月の芸術座での公演、トルストイ原作「復活」の挿入歌として書かれたものでした。そしてそれは「小学唱歌でも(なく)・・・西洋の賛美歌でもない、日本的な俗謡とリート(西洋歌曲)の中間的な旋律」という、抱月が晋平に出した注文に基づいて作られたものでした(藍川由美「中山晋平作品集」(カメラータ)曲目解説より)。つまり、より広い文脈では「船頭小唄」ではなく「カチューシャの唄」を「演歌」の第一号作品としてもまったく差しつかえないわけです。

◇さて「カチューシャの唄」がどれほど衝撃的で画期的な作品であったかは、それまでのヒット曲というものが、「義太夫」、「浪花節」、「書生節」、「小学唱歌」、「端唄」、「小唄」といった、(「浪花節」と「唱歌」を除けば)こんにちわれわれが日常的にはまず耳にすることのない、「前時代の音楽」しか存在しなかった、ということから想像できるだろうと思います。そして「唱歌」(と「書生節」?)を除く当時(明治〜大正期)のこれらのヒット曲こそ、「本来の邦楽」であったろうと考えられるわけです。そういった音楽風土の中に「カチューシャの唄」や「ゴンドラの唄」を置いてみれば、その音楽がもたらした衝撃度というものが分かろうというものです。

◇つまりこれら一連の中山晋平の作品は、まずは非常に奇妙な音楽として、次いで強烈に新鮮な音楽として、最後に近代化の進んだ大正期日本人の現実にフィットした実に魅力的な音楽として、当時に人々に熱狂的に迎え入れられただろう、と考えられるわけです。同じようなことは、昭和に入ってからの古賀政男、江口夜詞、服部良一らの音楽にも言えるだろうと思います。実際、いま聴いてもこれらの作品は充分過ぎるくらい奇妙で新鮮で衝撃的です。この衝撃力に匹敵する音楽としては、1960年代のビートルズのそれくらいしか思い浮かばないほどです。

◇つまり「演歌」は、歴史的文脈から言っても、それ自身の意識(意図)から言っても、日本人の音楽性によって捉えられ、更にそれを日本的にモディファイした「洋楽」(クラシック、ジャズ等)であったということです。当事者(島村抱月や中山晋平)の意図から言っても、そう言って構わないだろうと思います。もちろんそれは、こんにち音楽のジャンルとして「邦楽」から区別して言われるところの「洋楽」とは別次元のことで、要するにそれは「近代」と言いかえられるようなことです。「近代化」され「洋楽化」された「はやり歌」と言っても同じことです。

◇「演歌」の発生と生成は以上のようあったにしても、それがカッコのとれた演歌、つまりいまで言う演歌になったになったのは比較的最近のことです。春日八郎、村田英雄、コロムビア・ローズ(初代)、松山恵子、畠山みどりといった人たちは、いまで言う典型的な演歌を歌う歌手でしたが、当時(昭和20、30年代)そのような言い方はなかったと思います。「演歌」が演歌になったのは、森進一、青江三奈、クール・ファイブらの歌う「艶歌」、更には藤圭子の「怨歌」の登場をまって、それらの総称として「演歌」という言い方が定着した昭和45年(1970年)頃だったように思います。

◇つまり、大正から戦前昭和にかけての都市化の進展が日本化された「洋楽」としての「演歌」を生み、更にそれが都市化の爛熟とともにいまで言う演歌になった、という風に言ってもいいのはないかと思うわけです。昭和45年という年は日本社会の大転換を画した年でもあったわけですが、実際藤圭子(あの宇多田ヒカルのお母さん)の登場は、新たな演歌黄金時代をもたらしました。彼女の登場に続いてこんにちに至るまで実に多くの名曲が生み出されましたが、時代の底に達するような不朽の名作だけでも、二葉百合子「岸壁の母」(昭和51年)、金田たつえ「花街の母」(同52年)、小林幸子「おもいで酒」(同54年)、美空ひばり「裏町酒場」(同57年)、坂本冬美「祝い酒」(同63年)、門倉有希「鴎・・・カモメ」(平成6年)などが挙げられます。

◇話は飛びますが、日本社会の大転換はまた松任谷由実(ユーミン。もちろんデビュー当時は荒井由実)という特別の才能を世に送り出しました。彼女の音楽は将来おそらく中山晋平や古賀政男らの音楽と並び称されることになるだろうと思います。理由は中山晋平らと同様の「創造性」にあります。また彼女の歌は藤圭子らの歌とは逆のベクトルながら、「時代の新しさ」を見事に体現しております。ユーミンの登場によって、こんにち「J-POP」と呼ばれる音楽への流れが生まれたわけですが、もちろんそれはここでのテーマとは「差し当り」別の事柄になります。ユーミンについては当サイトの「J-POPレビュー」を是非どうぞ。

◇「演歌の歴史」については機会を改めてやらせていただきますが、まずは「演歌」がいまや日本の「風土」の一部になっっていることは間違いないにしても、本来それは一昔前の「ニュー・ミュージック」やいまの「J-POP」と同様の、日本的に作り変えられた「洋楽」に他なるものではない、ということを踏まえて演歌レビューに入っていきたいと思います。われわれの演歌に対する見方にピッタリの音楽と言えば、まずはやはり戦前演歌なのかもしれません。しかしいきなり戦前演歌というのもナンですから、より入りやすいと思われる韓国演歌から行ってみようと思います。日本の演歌より韓国演歌のほうが、より濃厚に「発生当初」の雰囲気や香りを残しているように聴こえるからです。それにやはり同時代の音楽を紹介したいですから。

◇韓国演歌については、日本のレコード各社からいろいろなコンピレーション盤が出ております。また、日本でも活躍している(していた)韓国の演歌歌手もかなりおりますので、彼ら・彼女らのCDも少なからず出ております。しかしそれらを聴くだけでは、韓国演歌の本当の素晴らしさは分かりません。その想像を絶するような神髄は、本場ものを聴かなくては理解出来ません。演歌は言葉と密接に結びついているということ、それから、「日本で売れるか売れないか」といったような要らぬ「配慮」がはたらいているからです。というわけで、「本物中の本物」を以下紹介させていただきます。


チュ・ヒョンミ<周玄美>  (JIGU RECORD) (P)199?

◆以前ハングルを勉強していた頃はジャケットのタイトルも読めたのですが、今は読めません。済みません。またヒョンミのヒョンは、正確には「火」偏に「玄」と書くようです。基本的なことを知らないでレビューもないものですが、「愛の深さ」に免じていいただいて書かせていただきます。この人のCDはいま4枚持っておりますが、左のジャケットのCDが断然ベストの出来。言うまでもなくチュ・ヒョンミは、李美子後の世代の韓国演歌界の最大のスターです。日本で言えば美空ひばり後の小林幸子と考えていただいていいでしょう。歌い方もほぼ小林幸子。一種のクールさがより深い情感の表現を可能にしているという点でも非常に共通しております。第二点として、地声の中に裏声をいつも隠し持っているという究極の「必殺わざ」においてもやはり小林幸子。第三点として、発声と発音の明晰さでも共通しております。多分二人はお互いをよく知らないと思うのですが、不思議な共通性があったものです(但し、ヒョンミの方が声域が高い分ずっと華麗に聴こえます)。ベスト・トラックはE。「イテウォン夜曲」とでも訳せそうな典型的なブルース(前川清的意味での)です。クールな歌い出しから徐々に情感を高めて行く歌唱法に、一聴して度肝を抜かれます。このCDをこれから聴けるという至福の時間が待っているあなたがチョー羨ましい。あーあ、教えなきゃよかった(笑)。


ヒョン・チョル「'98」
  (世元) (P)1998

◆おそらく韓国演歌界最大の大御所のひとり。以前NHKに出演して歌を聴かせたことがあるそうですが、残念ながら見ておりません。日本には真に「偉大な」と言える男の演歌歌手はまだ出現していないと思いますが、多分ヒョン・チョルこそは真に偉大な男性演歌歌手と言える唯一の人。羨ましいかぎりです。このCDは最初から最後までベストトラックの嵐と言えますが、とりわけ凄いのがA。尺八風のイントロにKOされます。それに続くドスの効きまくった超男臭い歌。シビレます。下のキム・ジエのGと同曲のEも極上品。歌手としてのタイプは大川栄策と前川清を足したような感じと言えそうですが、それだけでは不充分で、更にトム・ジョーンズとウィルソン・ピケットを足すと近い線に行くかも。日本に「偉大な」演歌歌手がいないという話ですが、これはミラノ・スカラ座管弦楽団をバックにした藤原義江の「箱根八里」(昭和5年)をまだ誰も超えていないという意味です。近いところまで行けたのは三波春夫と村田英雄だと思いますが、自在な歌の運動性能において及ばない。いい曲に恵まれた大川栄策とか、男歌をバリバリ歌う森進一とか、低音を鍛え直した氷川きよしなど期待しておりますが、多分無理。ヒョン・チョルが「偉大な」歌手である所以は、藤原義江の自在さに達しているという意味です。世界広しといえどもこのレベルに達した男性歌手はほとんどいない。


キム・ジエ<金智愛>  (ドレミ・レコード) (P)1991

◆この人の歌は「世界の至宝」と言っても構わないだろうと思います。日本にも都はるみ、藤圭子といったずば抜けた天才歌手がおりましたが(本当に過去形など使いたくないのですが)、ある意味でこの人は上の二人よりも更に強力です。あるいは、木村友衛と坂本冬美を掛け合わせたような歌手と言えるかも。イタリアにイヴァ・ザニッキという超弩級のカンツォーネ歌いがおりましたが、キムさんは全盛時代のイヴァに近いかもしれない。しかしやはり聴かないと本当のところは分かりません。是非入手して欲しい。当方もこの人のCDはこれ一枚しか持っておりません。ほかにこの人の良いCD(LPでもカセットでも)があったら、是非ご教示下さい。さてこのCDですが、冒頭からいきなりドスの効いたコブシに仰天させられます。こういう乾いたコブシ(唸り)を聴かせられる歌い手が日本にいたらなあ、と天を仰ぎたくなります。しかしおそらくこれは韓国語と日本語の発声と発音の違いによるもので、ないものねだりなのだと思う。しかしこの人の歌を聴いていると、演歌を聴かない人というのは人生の最も貴重な何かを経験しない人なのでないかと、つい「あらぬこと」まで考えてしまう。カントリー、カンツォーネなどそれぞれの国の「演歌」を除けば、こういうタイプの歌手はいないように思う。ベスト・トラックはG。歌い出しからして神わざ。何度聴いても心臓が止まりそうになる。


◇以上、超厳選の韓国演歌3枚のみ紹介させていただきましたが、「なんで李美子(イ・ミジャ)がいないんだ」と言われるかもしれません。しかし李美子はあまりにも難しい。彼女のアルバムはカセットを含めて10点近く持っており(ビデオも持ってます)、その素晴らしさはよ〜っく分かるのですが、どこか人間離れしたところがあって、はっきり言って近寄り難い。しかも彼女の歌は完璧に言葉の解釈となっているように感じられます。このタイプの歌手としては美空ひばり、森進一、クラシックのフィッシャー=ディースカウなどがおりますが、李美子の場合は「芸」をさえ超えているように感じられる。つまり、李美子の歌は韓国・朝鮮の「民族の心」そのもののように感じられるということです。要するに韓国語も分からないし、いまはまだ李美子については何も語れないということです。

◇韓国演歌を聴きたくなりました? でしたら是非どうぞ。それから日本のCDショップでも取り扱って欲しいものです(少量でも構いませんから)。ひとつ言い忘れましたが、韓国演歌の抗し難い魅力のひとつに、日本の演歌と「似ているようでどこか違う」、あるいは「違うようでほとんど同じ」ということがあります。しかしそれについては機会を改めて考えてみたいと思います。次回は日本の演歌で行く予定です。それではまた。

【2002/05/17 ER子】

◆追記(1):上の言をひるがえすことになりまして、当サイトの「今月の一枚」李美子のCDをとり上げました。是非ご覧になってください。

◆追記(2):また当サイトの「ブック・レビュー」必読演歌本を紹介しております。ご参照ください。
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