今月の一枚(1)


◆ 李美子 《BEST HIT/ 全曲第4集》

   (巨星レコード/SUPER STAR RECORD)  (P)1991.5

「演歌レビュー」では「いまはまだ李美子(イ・ミジャ)については何も語れない」などと書きましたが、早速ここで前言を撤回いたしまして第一回目の「今月の一枚」は李美子で行きます。「演歌レビュー」でも少し述べたことですが、李美子について語ることが難しいと思われたのは、例えば美空ひばりが「悲しい酒」とか「みだれ髪」とか「塩屋崎」といったようなヘヴィーでシリアスな歌ばかりを歌っていたら、「ちょっとかなわないな」と思っただろうようなことです。「エレジーの女王」と呼ばれているように李美子がまさにそれで、ウルトラ・ヘヴィー級の悲歌・哀歌ばかりを歌っているのですから。しかも涙をボロボロ流しながら「悲しい酒」を歌う美空ひばりがそうであったように、李美子の歌にはいささかの乱れもないのです。島倉千代子以下の第一級の歌い手たちが、美空ひばりだけには及ばなかったのは、その一点にあったとも言えるくらいのもので、プロ中のプロにだってなかなか出きることではないのです。しかしなあ、「悲しい酒」ならまだ分かるんだけど、もし美空ひばりが島倉千代子の「東京だヨおっ母さん」を歌ったとして、まったく歌が乱れないということがありえただろうか? いやもう絶対にありえたに決まってる。まさにそれこそが、美空ひばりの美空ひばりたる所以なのだから。

◆美空ひばりの場合、実際は本当の悲歌・哀歌といったレパ−トリーは上に挙げた三曲を入れてもそれほど多くはなかったように思う。むしろ「お祭りマンボ」、「日和下駄」、「べらんめえ芸者」、「車屋さん」系統の明るいコミカルな歌の方が多かったように思う。それに対して「エレジーの女王」李美子の場合は、ほとんど悲歌・哀歌をレパートリーの中心に置いております。李美子を聴き始めた頃はビデオもよく観たものですが、当然のことながら李美子の歌が乱れることなど一瞬たりともなかったように思います。むかし李美子は「韓国の美空ひばり」などと紹介されておりましたが、この点にかぎって言えばまさにそう言っていいだろうと思います。

◆CDやビデオ以外で当方が李美子について知っていることは、《KOREAN MUSIC VOL.4 (1998)》収録の小平武司という人の書いた「歌謡界散策・三/国民栄養賞に値するビッグスター」に書かれていること、及び日本で活躍中のチェウニのお母さんといった程度のことです。上の記事に紹介されていることですが、1989年10月に世宗文化会館大ホールでひらかれた「李美子歌手生活30周年記念コンサート」では、金泳三(大統領)、金鐘泌、金大中の当時のいわゆる「三金」が揃ってロイヤル・ボックスから拍手を送ったのだそうです。たしかにこういう歌手は日本にはいなかった。美空ひばりが山口組と弟の「問題」でマスコミと「世間」を敵にまわすようなことをしなかったら、あるいはそういうこともあったかもしれないが、それだと逆に「戦う美空ひばり」らしくないですよね。

◆李美子の音楽に入ります。李美子の名曲集は、小生の知るかぎり地球レコード(JIGU RECORD)盤とここに紹介する巨星レコード(SUPER STAR RECORD)盤の2種類が出ております。地球盤の方も持っておりますが、どちらかと言うと朴椿石音楽企画がらみのこちらの方がトータルで上のように思います。因みに、朴椿石は韓国作曲界の大御所で、日本で言えば船村徹(《日経新聞》に「私の履歴書」連載中)に当たるような人です。なによりも巨星盤は情感豊かでありながらも控えめなオーケストレーションがとてもいい。1集から4集まで出ておりますが、さんざん迷った末、李美子最高の名曲「トンベクアガシ(冬椿娘)」が聴ける第4集をとります。

◆1曲目が「トンベクアガシ」で、もの悲しいイントロに早速ノックアウトされます。そして低い声を最大限に効かせた李美子の絶妙の「入り」。徐々に情感を高めて行くわざはあのチュ・ヒュンミですら「表面的」に聴こえるほど。歌詞の「トンベクアガシ」という部分がクライマックスを形成しますが、そこを中心とした楽曲の構成がまるで眼前に見えるように聴かせてくれます。2番の「入り」では声をかすらせ気味にして、聴くものを音楽の核心に一気に引きずり込みます。非のうちどころのない「完璧なテクニック」です。この曲は3分15秒ほどですが、ひとつの「大きな物語」を聴かされているようにさえ感じさせます。ここに李美子の「芸」の究極のエッセンスのひとつがあるらしい。

◆2曲目は少し明るい曲ですが、これも極上品。ハングルの歌詞が付いておりますから、韓国語がお分かりの方はなにを歌っているのか分かるはずです。小生は中途でハングルの勉強をやめてしまったため、なにを歌っているのか全然分かりません。こりゃやっぱりレビューをする資格なんてないのかもしれないね。少し飛んで、8曲目がこれまた李美子の代表作の「ヨロ(旅路)」。これも最高の名曲です。9曲目はむかしの東映時代劇の挿入曲風の楽しい曲。そう言えば、李美子の歌う曲はどことなくむかしの日本の映画音楽といった趣きがあります。

◆歌詞が分からないから「解説」はここまでにしますが、李美子の歌の最大の魅力は、声の使い方で情感から情景までをも表現してしまうところにあると思います。こういうことは美空ひばりや島倉千代子の得意とするところでもあったように思いますが、ひばりや千代子のそれが「主観的」であったとすると、李美子の場合は「客観的」という感じがします。つまり李美子が歌うことでそこに生まれる音楽空間というものは、「詩的」と言うよりも「物語的」と言えそうです。だから李美子は浪曲出身の二葉百合子に近いと言うべきなのかもしれない。声の質は二葉百合子とは違って、ずっとクールでキュート。しかし強い声です。小林幸子の声がクールなのに強いというのに似ています。

◆言葉が全然分からないため、こういう風に外面の形から見て行くという仕方で李美子にアプローチするのは確かにもどかしくはあります。しかし、こいうやり方が間違っていると思えないのは、どうも李美子の歌の特質によっているらしい。つまり李美子は声やコブシのまわし方で一発で魅きつけてしまうというタイプの歌手ではないということです。これが李美子の難しいところですが、トータルの「芸格」において「演歌レビュー」で紹介したチュ・ヒュンミ、ヒョン・チョル、キム・ジエの及ぶところではない。こう言うからといって、李美子の声に魅力がないというこでは断じてなくて(それどころか李美子くらいチャーミングな声の持ち主をほかに知らないほど)、ひとことで言えば、歌の存在する「次元」が違うということです。あるいは、李美子が歌っているのは「韓国・朝鮮の歴史そのもの」である、と言ってもよいのではないかと思うわけです。そういう意味では美空ひばりと並び称されうる歌手と言えますが、上に述べた「芸風」の違いにおいてやはり絶対的に唯一無二の存在です。

◆はじめから予想していた通り、言葉と文化がよく分からないと李美子はやはり難しい。しかし音楽には違いない(それも超がつくほどに魅力的な)のですから、聴けばその比類のない圧倒的な存在感は確実に分かります。だからまずは、ここに紹介したCDを(出来れば1、2、3集と併せて)聴いて欲しい。そうすれば李美子の歌が「世界の宝」だということだけは間違いなく分かります。地球レコードや巨星レコードには、2000曲を超えると言われる李美子の録音をオリジナルのままCD化して欲しいものです。更に日本のレコード会社には、李美子の代表曲だけでも歌詞対訳付きで4枚組CDセットのような形で出して欲しい。ベストセラーにはならないかもしれませんが、心ある音楽ファン・演歌ファンの定番アイテムとして長く売れるはずです。いろいろな条件が整うならうちの会社で出してもいいんですけどね。

◆第一回目の「今月の一枚」は以上でオシマイ。ここのコーナーではジャンルを問わず出来るだけ新譜をとりあげたいと思っております。今回は残念ながら新譜で際立って良いものがありませんでした。そういう場合には今回のように旧譜をとりあげることになります。それでは次回また。

【2002/05/19 KI子】
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