管理人のつぶやき(1)


2003/01/28 (対話-2)

 最近君が「今月の一枚」に書いたシュープリームスについての文章はなかなか面白かったよ。R&Bフリークが書くような文章とは全然違うものだし、アプローチの仕方もジャンル分けされたタコツボ論議とは違って、音楽を音楽そのものへと返そうというような意図も感じられたしね。
 皮肉屋の君にしちゃ嬉しいことを言ってくれるじゃないか。そういう意図があったわけではないんだが、結果的にはそういうことになったかもしれないね。
 しかし君も少しは音楽理論を勉強した方がいいんじゃないか。「60年代音階」というものを60年代音楽に沿って明らかに出来ないのではやっぱり限界があるんじゃないか。
 そんなことはないさ。俺には楽曲アナリーゼは出来ないが、ではそれが出来るヤツがどれほどのことをやってくれていると言うんだ。まあビートルズについてはそれなりのものが出て来ているとは思うが、重要なことはそもそもどういうアナリーゼをやるかってことだろ? 俺のフィールドはそれぞれの音楽の志向を把握することにあるわけだし、アナリーゼなんていまさら俺がやることじゃないさ。俺に音楽的創造力でもあるんなら話は別だが、そんなものはからっきしないわけだし。だいたいこの年になって音楽理論を勉強する時間なんかとれねえよ。
 君らしい割り切り方ではあるな。たしかにアドルノが書いた楽曲アナリーゼ以外で猛烈に感心させられたというような記憶はないもんな。新ウィーン楽派系統の無調音楽を別にすると、音楽を理解する上でアナリーゼが大きな意味を持つケースなんてほとんどないもんな。
 そういうこと。音楽の理解は音楽理論では出来っこねえわけよ。そこが音楽の面白いところで、音楽理論に精通しているということと、音楽に優れた理解力を持っていることとは全然別のことなわけ。音楽と音楽理論(音楽学)の関係は、国民経済とマクロ経済学の関係といったようなものとは全然違うわけよ。
 音楽を理解するということについてはもちろんそうだろうさ。しかし俺が言っているのは、音楽を理解してそれを言葉にする場合には音楽理論も必要だろうということだよ。
 たしかにな。「Country Music Review」でキム・リッチーの音楽が言語化出来ないと述べているのは、まさにその点の欠落に由来してるってことは知ってるさ。しかしもう一度言うが、それは俺のフィールドじゃあねえってことさ。
 分かった。この話はやめよう。しかしそれにしても音楽批評の世界に「60年代音階」を解明するといったような問題意識が見られないのはどういうわけなんだろう。
 全然ないわけではないだろう。少し前の「ソフト・ロック」への関心の高まりなんかはそういうことと関連があるんじゃないのか。しかしそもそも自立した「音楽批評」というものが日本にはないからな。だから「ソフト・ロック」への関心の高まりということ自体を言語化出来ないんだよ。
 言語化出来ないだけではなく、そもそも「ソフト・ロック」なるものへの関心それ自体がブランショが否定している「持続への加担」ではないのか。
 そういう面はあるかもしれないな。しかし君も知る通り、一般に「ソフト・ロック」と呼ばれる音楽の価値の核心を成しているものがビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルソン)の音楽であることであることは忘れるべきではない。むしろ俺などは、「ソフト・ロック」という音楽的価値認識それ自体が、90年代のビーチ・ボーイズ再評価から生まれて来ているように思うわけだ。
 うーむ、言われてみればそうかもしれないね。
 つまり「ソフト・ロック」という音楽的価値意識の浮上に先立つなにかがあるわけだよ。当然それは90年代に入ってからのアメリカのカントリー・ミュージック復興の根にあるものと同じものだし、日本で言えば(時期的には少し遅れたものの)サザン・オールスターズの「TSUNAMI」(2000)の大ヒットも、まさに根を同じくする現象であるわけだ。
 なるほどね。言われてみれば、たしかにここ数年のJ-POP音階も60年代に先祖返りしている面が強くなって来ている気がするね。そうすると時代の底みたいなところでなにかが起きていて、その結果として「ソフト・ロック」なりなんなりが浮上して来たということなんだね。
 もちろんさ。でなきゃ俺が「ユートピア的共同性」なんてことを言い出すわけがないじゃないか。
 しかし俺もあちこちチェックしているが、君以外にそんなことを言ってるヤツはいないぞ。
 そんなものいなくたっていいじゃねえか。根源を同じくすると思われる音楽的現象があちこちからはっきりと出て来ているという事実だけで充分じゃねえか。
 たしかにそうだな。「60年代音階」と「ソフト・ロック」の話に戻ろうか。
 先にも言ったように「ソフト・ロック」と呼ばれる音楽の価値意識の核心にあるものはビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルソン)の音楽であるわけだ。それはどういうことかと言うと、メロディーとハーモニーの両面における君の言う「60年代音階」への回帰と、もうひとつはそれと密接に結びついたリズム感覚の転換ということだ。つまり70年以降の縦乗りから60年代的横乗りへの回帰だ。
 えっ、横乗りのリズムが戻って来ていると言うのか。
 もちろんさ。音楽は有機的なものであってメロディーとハーモニーが「60年代音階」に戻って、リズムだけは相変わらずハード・ロックやディスコ以来の縦乗りというようなことはありえない。因みに、『J-POP進化論』(平凡社新書)という本で佐藤良明という人が書いているが、キャロル・キングの『つづれおり』(1971)の音楽は縦乗りなんだそうだ。
 やっぱりそうか。なんか違和感を感じるなあと思っていたが、やっぱりそうだったのか。
 どうもそういうことらしい。つまり、1970年以降全面的な音楽的「反動」の時代に入ったわけだが、それも30年振りにようやく終りを迎えつつあると見ることが出来るわけさ。
 そうするとなにか。君は大澤真幸の言う「虚構の時代」とか、東浩紀の「動物化するポストモダン」に見られる時代認識は嘘っぱちだと言うのか。
 だとしたらまずいことでもあるのか。もちろん嘘っぱちだとは言わないが、要するに認識が表層的でしかも底が浅いのさ。それから古色蒼然とした彼らのイデオロギーが現実を見る眼を曇らせてしまうのさ。
 君は道具立ては左翼風だが、前回君と話してよく分かったが腹ん中は右翼だからな。
 そうではないさ。それについていまはなにも語るつもりはないが、「ユートピア的共同性」への志向が世界的に強くなって来ていることは間違いない。しかしその底にあるものとなると、一種の「絶望」なのかもしれない。そしてそれが単なる「懐古」でも「持続への加担」でもないと言い切れる根拠もない。つまり必ずしも楽観出来るようなことではないのかもしれないということだ。
 なるほどね。そのあたりのことはまた機会を改めて訊くことにしよう。


2003/01/18 (対話-1)

 おい、『日経』が1月15日の社説で小泉の靖国参拝について「東條英機らA級戦犯を合祀している靖国神社に国を代表する立場の首相が参拝するのは基本的に好ましくない。このような問題で中国や韓国など近隣諸国との外交関係に無用の波風を立てるべきではない。」なんてことをことを書いてるぜ。君はこれをどう思う。
 小泉は靖国神社に刑死した(正確に言うとGHQと連合軍に殺された)7人のA級戦犯が合祀されてることを知ってるさ。知ってて参拝してるんだから見上げたものさ。
 そうじゃない。俺が訊いてるのは『日経』社説がそういうことを書いてることを君はどう思うかってことだよ。
 そんなのは分かりきったことで、江藤淳の言う「閉ざされた言語空間」、あるいは加藤典洋の言う「戦後のねじれ」の中に依然としてわれわれはいるってことさ(もちろん江藤や加藤の議論の当否はまた別問題だぜ)。だいたいマスコミの連中は東條の指示のもと対米開戦回避に動いた武藤章がA級戦犯として刑死したことの意味なんて考えてみようともしないのさ。東條陸相兼首相のもとで軍務局長だったんだからA級戦犯として絞首刑になって当然だとでも思ってるんだよ。
 そうだよな。しかし、武藤章が日華事変の早期終結と米英との衝突回避に動いた陸軍のいわゆる良識派だったってことはいまではよく知られてることだよな。
 東條だっておんなじさ。東條は陸軍のいわゆる良識派と言われるような人物ではなかったかもしれないが、東條が陛下の指示で本気で対米開戦の回避に動いたことだっていまではよく知られてることさ。それが東條自身の考えに反するものだったとしても事実は事実さ。
 しかし『日経』にかぎった話ではないが、「東條英機らA級戦犯」というフレーズの一発で読者の諒解を得られると考えているらしいのはどういうわけなんだろう。
 それも分かりきったことで、要するに東條はスケープ・ゴートなんだよ。日本国民は自分たち自身が東條に圧力をかけて始めさせた大東亜戦争敗戦の全責任を押しつけることの出来る人物が欲しかったのさ。東條は風貌からしていかにも軍官僚然としているし(「カミソリ東條」というあだ名がまたイヤミだろ)、戦争中から国民の生活ぶりを調べるためにゴミ箱を見てまわるような陰険な人物だと思われていたからね。奥さんのカツだって「東美齢」とか言われてただろう。
 へえー、東條は戦時中から国民に憎まれていたのか。
 敗色濃厚になってからは特にそうさ。しかも東條は戦後自決に失敗した軍人の風上にもおけないヤツだと思われてるだろう。だけどあれも実はよく分からない話で、それを見た人物は逮捕に来た米軍のMPだけだからな。東條が日本刀を持って出て来る(向かって来る)のを見たMPに撃たれたって話もあるくらいだしな。
 本当か。しかしそれはないんじゃないか。東條は近所の医者に心臓の位置を訊いて印しをつけていたって言うじゃないか。やっぱりピストル自殺に失敗したんだろう。
 分からないよ。東條もそれについては何も弁明していないわけだし、家の近くにひそんでいたと言われる奥さんのカツにしたって、本当のことは分からないんだろうと思うよ。もしカツがMPが東條を撃ったところを目撃していたとしても、それを言えるような立場にカツはいなかったわけだしね。また東條がそれを言うことをカツに禁じたらカツだってそれに従うしかないわけだろう。
 成る程ね。それで「東條英機らA級戦犯」となるわけだ。
 そういうことさ。だけど、いまではもう連合軍に殺された7人のそれぞれの事情はよく知られているわけだし、もう全てのタブーをとっ払って日本国民自身が「事実」を知るべき時期に来ているんじゃないのかな。だいたいA級戦犯(もちろんBC級も同じだけど)というのは「敵国」の認定だろ。それを言えばみんな黙り込むというような最低の状態は終りにしたいぜ。
 つまり君は東京裁判で刑死した東條英機ら7人が靖国に合祀されていることも、小泉が首相としてそこに参拝することにも賛成なわけだ。
 言うまでもないことさ。東條大将たち7人はレッキとした「国事殉難者」さ。本当に戦争が終ったのは吉田茂がサンフランシスコ講和条約に調印した昭和26年9月8日なんだからね。もちろん小泉はサンフランシスコ講和条約の「中味」を知っているから、俺が言うようなこと(つまりA級戦犯は「敵国」の認定に過ぎないってこと)は言えないってことさ。「彼らを戦犯指定したのは日本政府でも国民でもない」というぐらいのことは言えるかもしれないがね。
 つまり国民が小泉の「意」とするところを察するべきだということだね。
 そういうこと。それに事態は依然として容易じゃないってことさ。しかし、ここを突破しないと日本国民はいまのデフレ不況を突破することも出来ないかもしれないよ。
 そういうことかもしれないね。


2003/01/09

◇以前「カントリー・レビュー(3)」かどこかで村上春樹の『海辺のカフカ』に触れて「期待したほど面白くなかった」というようなことを書きましたが、この小説の主人公が「キャット・キラー」であり「スクール・キラー(SHOOLL KILL)」である(をモデルにしている)のかもしれないとなると、俄然話は変わって来ます。そういう読み方を教えてくれたのは、『群像』2月号に掲載されている加藤典洋の「『海辺のカフカ』と「換喩的な世界」」という長編評論ですが、いや流石に加藤典洋はたいしたものです。いまごろソシュールだのデリダだのラカンだの「テクスト論」だのがどうしたんだろう、いったい何が起きたんだろう、と思って読み始めたものですが、『海辺のカフカ』の主人公を「解離性同一性障害」の少年として捉えようというのなら、この異様なまでに長い「前置き」もよく理解出来ます。

◇しかしこの評論でいちばん強い印象を受けたのは、加藤典洋が安部和重という作家の『ニッポニアニッポン』について述べている部分です。少し引用します。「この作品は(カミュの - 引用者)『異邦人』の場合と同じく、作者が自分の「意」の「不在」をこそ掛け金に、いまこの世界に生きる若い人間がある解離性の世界像のうちに生きているさまを、その内側から描こうとしている ・・・ なぜなら、それがいまの時代の「苦しみ」の一番深い表現たりうると、彼(作者 - 引用者)には感じられるからだ。しかしそれは、<作者の死>をありありと生きる、「虚構言語」の作品によってしか書かれえないかも知れない。たぶんそういう直感が作者安部和重を動かしている ・・・ この「換喩的な世界」に、いまわたし達に訪れつつある世界の感触は、よく現れているはずである。」(『群像』P.182-183)

◇「換喩的な世界」とは、簡単に言えば「浮遊するシニフィアン」(ジャック・ラカン)の世界のこと、つまりコトバ及びその繋がり=連関が意味内容とは無関係にあるような世界のことです。「解離性同一性障害」の世界と言ってもいいかもしれません。つまり「正常」に対する「病気」の世界。加藤典洋はこのような小説の出現が告げている事態を「いまわたし達に訪れつつある世界の感触」という言い方で述べているわけです。これは東浩紀の「動物化するポストモダン」といくらか関係がありそうですが、それはともかく(東浩紀の『動物化する・・・』は全部は読んでおりませんが、そこに見られる「決定論」的な認識は正しくないと思う)、この加藤典洋の指摘は衝撃的です。と言うのも、最近の日本経済をめぐる様々な発言がまさにそうしたあり方をしているように見えるからです。

◇いまここで念頭においているのは、経団連、経済同友会、日本商工会議所の経済三団体のトップが6日の記者会見で揃って消費税率の引き上げを「主張」、「容認」したことです。財務省がそれを言うのならともかく産業界のトップが言ったというんですからね。もし本当に税収を増やしたいのなら(大きく言えば)消費税率を引き下げるべきではないのか。レーガノミックスを先導した「ラッファー・カーブ」のことも頭になかったのか。いまではシカゴ学派系統の新古典派経済学に支配されてしまったように見える財務省の先導役を買って出ようというのか。いまここにおけるデフレ離脱よりも社会保障費の負担回避の方が大切だとでも言うのだろうか・・・。分かんないですよね。しかしこれを「浮遊するシニフィアン」と理解すれば見えて来るものがあります。SFみたいな話ですけどね。


2003/01/04

◇皆様、あけましておめでとうございます。昨年5月末の当サイト立ち上げ以来の皆様のご支援・ご声援と多くのアクセスに深く御礼申し上げますとともに、2003年が皆様にとって素晴らしい1年となりますことを心よりお祈り申し上げます。また、当サイトへのご意見・ご批判・ご要望などございましたら、なんでも結構ですからお気軽に当方までメール(ok@ok-corp.co.jp)か掲示板への書き込みをお寄せ下さい(掲示板には「イベント告知」以外のことも書き込んで下さいね、お願いだから^-^)。アクセス件数が多い割に、一体どういう方がどういう風に見ておられるのかいまひとつよく分からない、というのが現状なのです。ひとつよろしくお頼み申します(^-^)。

◇次に今年の「抱負」を少々。当サイトをチェックしておられる皆様にはよくご理解いただいているものと思いますが、当サイトで扱っているテーマは(一見そうは見えない場合でも)現在の最先端とその根底に触れるテーマばかりです。今年もこうした主題にかかわって行くということに変わりはありませんが、現在の個々の具体的テーマそのものよりも、そういうものがまさにそうであるということの根拠を明らかにすることの方に重点を置くことが出来れば、とは思っております。その際の視点は、例えばケインズとハイデガーの発想に接点があるとすると、その接点のところにあるなにものかであるような気がします。「不況・恐慌(経済現象)」と「存在忘却」との根拠であるようななにものか・・・。

◇ところで、1月1日の『日本経済新聞』一面トップにチョー最低の記事が出ていたのでそれについてひとこと。「日本病を断つ」というシリーズの1回目で、大見出しが「改革、論より実行」、小見出しが「深い病根活力そぐ」、「過去との決別新たな一歩」などとなっております。最低最悪です。この人たちは「日本病」なる「幻影」を生み出す光源が当の「改革世論」であることからまだ眼を逸らすつもりらしい。しかも「病根・症状」をことごとくミクロな事例に見ようとする。しかし日本経済に「深い病根」などというものはなあ〜い。あるのはデフレだけ。だからインフレ期待が生まれておカネがつかわれるようになれば一挙に解決する問題でしかない。但しそれを市場にまかせたらハイパー・インフレになるリスクが高いから、政府・日銀の責任において行なうこと。ただそれだけなんだけど(^-^)。

◇最後に、昨年大晦日の「紅白歌合戦」はなかなか面白かった。当方浜崎あゆみの前後で一時中座してしまいましたが(とっても残念)、総じて女性歌手たちに感銘を受けました。まずは松浦亜弥の"Yeah! めっちゃホリディ"。現在の先端の言語感覚から生まれた素晴らしい歌詞、そして歌、アクション。しかし極めつけは、これまでは嫌いな歌い手のひとりだった長山洋子の"めぐり逢い"。演歌はいつも「敗者」のための音楽であり続けて来たように思いますが(もちろんそれだけのものではないのですが)、これぞまさしくそのものズバリ。これでやっと長山洋子も一人前の演歌歌いの仲間入りです。しかしいま、どうしてこういう歌がもっと生まれないんだろう。「応援歌」なんかいらんもんね。いやそうではなくて、「敗者」の歌だけが真の「応援歌」たりうる、ということですが。


2002/12/28

◇昨日モーリス・ブランショの『明かしえぬ共同体』について述べた部分を「一部」訂正させていただきます。この本は、ジョルジュ・バタイユの共同性について書かれた「T否定的共同体」と、マルグリット・デュラスの『死の病い』について書かれた「U恋人たちの共同体」の二部から成っていて、「68年5月」という一節がブリッジのような形で前後をつなぐという構成になっております。昨日は「T」を読んでいる途中で下のように述べたわけですが、これは極めてまずいやり方だった。ブランショが「68年5月」で書いているところを下に少し引用します。

◇「68年5月は、容認されたあるいは期待された社会的諸形態を根底から揺るがせる祝祭のように、不意に訪れた幸福な出会いの中で、爆発的なコミュニケーションが、言いかえれば各人に階級や年齢、性や文化の相違をこえて、初対面の人と彼らがまさしく見なれた - 未知の人であるがゆえにすでに仲のいい友人のようにして付き合うことができるような、そんな開域が、企ても謀議もなしに発現しうる ・・・ のだということをはっきりと示してみせた。」(ちくま学芸文庫P.64) 「各人を昂揚させ決起させることばの自由によって、友愛の中ですべての者に平等の権利を取り戻させ、あらゆる功利的関心の埒外で共に在ることの可能性をおのずから表出させることこそが重要だったのである。」(P.65) 「抑制なしに現われるという意味での「自発的」なコミュニケーションは、闘争や討論、意見の対立があるにもかかわらず、透明で内在的な、コミュニケーションそれ自身とのコミュニケーションなのであり、そこでは計算をこととする知性よりも、ほとんど純粋といっていい ・・・ 沸き立つ情熱が表明されていたのである ・・・ あるのはただ ・・・ 無辜の現前だけだった。」(P.65-66)

◇美しい文章です。あまりにも美しくて、「ホントかね?」と問い返したくもなりますが、当時の「空気」を多少とも知っている者としては、事実そういう「局面」や「場面」があったであろうことはよーっく理解できる。だから昨日、60年代後半の「バリケード空間」や「解放区」に触れて、悪しき「群衆的形態」と述べたのは、それらが持ちえたであろうこうした「局面」や「場面」を指して述べたのでは断じてありません。ブランショは「持続してはならない、何であれ持続に加担してはならない」(P.69)とも述べて、「真実の示威行動を変質させてしまう未練がましい徒党」(P.70)についても触れておりますが、悪しき「群衆的形態」とは言うまでもなくこの後者のことを指して言っております。

◇しかし、「各人を昂揚させ決起させることばの自由」とか、「あらゆる功利的関心の埒外で共に在ることの可能性」とか、「透明で内在的な、コミュニケーションそれ自身とのコミュニケーション」とか、「ほとんど純粋といっていい ・・・ 沸き立つ情熱が表明されて」といった一節などは、ビートルズやキンクスやビーチ・ボーイズやPPMやボブ・ディランらが60年代にかいま見せた至高の「音楽空間」に、そっくりそのまま当てはめることが出来ます。さすがはブランショ。「68年5月の真実」というものを、その究極の「可能性」においてピンポイントできっちりと言い切っております。以上、取り急ぎ昨日の記述(↓)の「一部」を訂正させてもらいました。


2002/12/27

◇22日の「つぶやき」でも述べたように、うちのサイトは一見しただけでは焦点が掴みにくいという難点は確かにありそうですが、ひとこと申し添えておきますと、22日の「つぶやき」でキンクスについて述べたことは、松任谷正隆氏の言う「光るもの」というキーワードの絡みで「J-POPレビュー(3)」の「補注」のような位置にあります。また、その「J-POPレビュー(3)」のユーミン(松任谷由実)を桑田佳祐/サザンオールスターズに置き換えて述べたものが「21世紀音楽展望(3)」であり、そこで触れている「ユートピア的共同性」というものがどういうものであるかということを展望する試み(それだけのものではありませんが)が「ブック・レビュー(4)」である、といったような関係にあります。

◇また「J-POPレビュー(3)」と「21世紀音楽展望(3)」は、「共同性」や「公共性」といったキーワードによって、その根っこにある議論を「時事・言論レビュー(3)」にさかのぼって確認できるはず、といった関係にもあります(そういう風に全てのページが関連しあってはいるわけですが)。これらをひとことで言えば「21世紀音楽展望(3)」で述べた《「ユートピア的共同性」と「公共性」》というテーマになります。こういう「舞台裏」の話をするのは「疲れる」し「バカみたい」でもありますが(ホント^-^)、しかしよく考えてみると《「ユートピア的共同性」と「公共性」》というテーマは成り立たないテーマなのかもしれない。要するにこれは「左翼」と「右翼」をつなぐというような話になるわけですから。

◇従いまして当面は「ユートピア的共同性」の方に力点を置いてページ作りを進めて行こうと思います。ついでにここでお断わりしておきますと、この「ユートピア的共同性」というものは、60年代後半(1968年が中心)に世界的に出現した「解放区」や「バリケード空間」といったものを指しているわけではない、ということです。それらは、ビートルズやキンクスやビーチ・ボーイズやPPMやボブ・ディランがわれわれの前に鮮烈にかいま見させてくれた「光るもの」に満ちた「音楽空間」の「余波」のようなものに思えます。ある意味ではその下手くそなバリエ−ションとしての悪しき「群衆的形態」のようにさえ見えます(ひどいアナロジーかもしれませんが、「光るもの」を湛えた"フィガロの結婚"の後に来たフランス革命のような)。これは当方の直感に過ぎませんが、多分当たっているはずです。

◇ここのポイントが押さえられていないと、例えばモーリス・ブランショの『明かしえぬ共同体』のような途方もなく重苦しい「共同性論」が生まれて来ることになる(西谷修の訳でいま「T否定的共同体」を読んでおりますが)。まあわれわれはヨーロッパの人々のようにはナチズムもスターリニズムも本当には知らない脳天気民族だからこういうことが言えるのかもしれませんが、しかしこの経験の違いはいたし方ないことであるとともに、また押さえておかなければならない事柄でもあります。つまりブランショの共同性論はヨーロッパの人々には重い意味があっても、われわれにとっては必ずしもそうではないということです。この辺の「仕分け」がきちんと出来ていないと、「無駄な努力」をすることになるということです。要するに、われわれにとってはブランショを読むよりキンクスを聴く(聴き直す)方がずっと意味があるはずだ、ということです。


2002/12/22 (このページについて、その他)

◇ご承知の通りうちのサイトはちょっと変わったサイトで、一見しただけでは焦点がどこにあるのかよく分からないという難点があるのではないかと思うようになって来ました。そこで、サイト全体の関連を整理するようなページをもうひとつ作った方が良いように思われて、試みにこのページをスタートさせてみることにしました。もうひとつの理由は、各ページのボリュームが当初考えていたよりもずっと大きなものになってしまい、作るだけでもかなりの労力を要するようになり、その結果更新が遅くなってしまう。更にはチェックしていただくにも相当の時間を割いてもらうことになってしまう、という悪循環のようなものが生まれて来ているように思われました。

◇従いましてこのコーナーでは、まず更新と更新のあいだの時間を埋め、かつ各ページの関連をある程度明らかにして行くということを目指して行きたいと思います。とは言っても当方のような典型的な「群衆人」、「大衆人」の場合には、考えることに脈絡とか一貫性というようなものがあるわけでもなく、全てが「ふと思いついて」というようなレベルの実に気楽なことから始まっております。だから上のような「目的」はいちおう押さえておくにしても、結局のところこれはこれでなにがなんだかよく分からない雑文ページになってしまうかもしれませんが、そのあたりのことはご了承いただくとして、まずはスタートさせていただくことにします。

◇当方が昔とても好きだったイギリスの4人組音楽集団にザ・キンクスというのがおりました(いまでもいる)。THE KINKSと表記しまして、"YOU REALLY GOT ME"という1964年の大ヒット曲で一躍世界にその名を知らしめたビート・グループです。当方が彼らのことを知ったのは64年の終りか65年の初めのことで、友達のところでそのシングルを聴いてそれこそ一発で魅了されたものです。彼らが使っている「ファズ・ボックス」(ギターの音をワイルドに歪ませる「箱」)のことを知ったのもその時のことです。続く"ALL DAY AND ALL OF THE NIGHT"も同系統の必殺の名曲でこれも素晴らしかった。しかしキンクスの名前が世界のポップ・ミュージック・ファンの心に深く刻み込まれたのは1966年のヒット曲"SUNNY AFTERNOON"だったのではなかったかと思います。

◇けだるい午後の音楽という雰囲気いっぱいの"SUNNY AFTERNOON"の素晴らしさはちょっと言葉には出来ないほどのもので、それがどういう音楽であるのかよく分からないまましょっちゅうそのメロディーと歌詞を口ずさんでいたものです(ラジオで聴き覚えた歌詞だからかなりいい加減なものだったと思います)。しかし当時はこういう魅惑に満ち溢れた音楽は日々生まれておりまして、当方のキンクスとの関わりもだいたいそれで終ってしまいました。"SUNNY AFTERNOON"の少し後ぐらいにビートルズの"PENNY LANE"が大ヒットしたりしておりましたから。従って、つい最近彼らの60年代のヒット曲中心のベスト盤、及び68年の傑作アルバム"VILLAGE GREEN PRESERVATION SOCIETY"を買ったのは、実に36年振りのキンクスとの再会ということになります。

◇まあこれは実に恐るべき「怠慢」であり「まわり道」でもあるわけですが、当方の生き方などこの程度のものです。「ふと思いつか」ないかぎり何も起きないし何も始まらないわけです。このグループのリーダーであるレイ・デイヴィスはレノン=マッカートニー級の天才のひとりですが、60年代という「光るもの」(松任谷正隆)に満ちた時代にはこのレベルの天才はまだいくらでもおりましたから、これは当方だけの「怠慢」ではないだろうとも思います。しかしそれにしてももの凄いグループがあったものです。彼らがどれほど「光るもの」を浴びて創作活動を行ない、更には「光るもの」に溢れた音楽を送り出していたかはそのベスト盤を聴くだけでいやというほど分かります。・・・ というわけで、機会があったらキンクスについて1ページを作ってみたいと思っております。

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