管理人のつぶやき(12)


2005/12/29(対話-92) 生、政治、全体主義

 前回君と話をしてからかなり間があいてしまったが、今年もまもなく終ってしまうから、ちょこっとだけ話をしておこうと思ってね。
 ちょこっとだけと言わず、2005年の総括でも構わないよ。しかし2005年最大のトピックと言えば、参院における郵政民営化法案の否決、それに続く参院ならぬ衆院の解散、そして総選挙における小泉自民党の圧勝、更には郵政民営化法案の一発逆転成立、というあの一連の流れに尽きるかもしれないね。
 そうだろうな。俺は参院で郵政民営化法案が大差で否決された時は、日本の政治も捨てたもんじゃないなと思ったものだが、ああもあっさり逆転されようとはね。
 まるで赤子の手をひねるように小泉にしてやられたもんな。しかも綿貫民輔や亀井静香のような「抵抗勢力」だけでなく、小沢一郎や田中康夫のような「改革勢力」までがまとめてやられたわけだからな。これは日本の政治が劇的に変質したことの現われなんだろうか? あるいは、日本国民の質が決定的に低下あるいは劣化したということなんだろうか?

 どうかな。俺としては、67年に美濃部革新都政を生み出した日本国民(東京都民と言うべきかもしれないが)と、いまの日本国民のあいだに決定的な質の違いがあるとは思えないけどね。しかし政治の中味というかイシューというか、そういうものが70年代以降大きく転換したこと、その現われが80年代の中曽根政権から、90年代前半の細川政権、90年代後半の橋本政権、そして小泉政権へとつながる大きな流れなのであって、その過程で脱戦後的な政治のあり方がひとつの完成を見たということは言えるだろう。
 つまり、ここ30年ぐらいのあいだに日本の政治が変質したということだろう?
 それは否定できないね。
 要するに、戦後近代的な社会民主主義(あるいはケインズ主義)から脱戦後的・ポスト近代的なネオリベラリズムへ、という流れだよな。それから俺が日本国民の質の低下と言ったのは、日本国民が権力=支配的勢力との対決姿勢を解除して行ったのではないかという意味でね。
 たしかに2.1ストから三井三池闘争へと至る戦後の戦闘的労働運動は、60年代の高度成長時代以降政治の表舞台から姿を消して行ったよね。

 労働運動はそうかもしれない。しかし60年代は高度成長の時代でもあったが、安保・沖縄・基地・ベトナムといった諸問題は60年代を通じて国民的なイシューであり続けたじゃないか。
 君が言ってることは分かるよ。マキアヴェッリは『政略論(リウィウス論、ディスコルシ)』において、ローマの共和制が健全に維持されたのは、支配勢力と民衆との対立・抗争・衝突が維持されたかぎりにおいてであった、と述べてマキアヴェッリは都市(国家)に分裂を持ち込もうとしていると非難されたそうだが、いまから見ればマキアヴェッリの主張の正しさがよく分かるよね。
 さすがはマキアヴェッリだよ。いいこと言うよ。民衆あるいは国民が支配的勢力に対する警戒体勢・戦闘態勢を解除してしまったら、その国家は腐敗して行くだけだよ。
 国家の機構・制度と法が腐敗して行くだけでなく、政治を担う人びとの「徳」、つまりマキアヴェッリの言うヴィルトゥまでが失われてしまうからね。
 しかし、いまの日本はまるで小泉翼賛社会みたいに見えるよ。つまり、いまの日本には支配・統治・翼賛は機能していても、政治が機能しているようにはまったく見えないわけだよ。

 たしかにそういう風には見えないね。政治を担うのは国民なのに、なんだか小泉スペクタクルの観客・観衆であることに自足しているみたいだからね。
 いまや日本国民の関心事は、もっぱら生活・安全・健康みたいだよ。きょうの日経の社説は「「貯蓄から投資へ」の基盤整備急げ」というものだし、少し前には「安すぎないか、日本のたばこ」というのもあった。
 朝日のきょうの天声人語も禁煙がらみの話だったからな。たしかに、最近のメディアのネタは生活・安全・健康に関するものが圧倒的に多いような気がするね。
 それからメディアは、「癒される」とか「盛り上がる」とか「燃(萌?)える」とか「こだわりの」とか「心の潤い」というような、動物的でおぞましい言葉を盛大に垂れ流すじゃないか。
 たしかに。メディア語というのは、要するに世間語でもあるわけだからね。そうすると日本においても、いよいよミシェル・フーコーやジョルジョ・アガンベンの言う「生政治(ビオ・ポリティック、ビオポリティカ)」というものが露出してきたということなのかもしれないな。
 露出とも言えるだろうが、深化・全面化とも言えるんじゃないのか。

 そうかもね。これは俺の勘に過ぎないんだが、80年代頃に「私さがし」とか「自分さがし」という言い方が流行ったじゃないか。あそこで捜された「私」とか「自分」というものが、いま全面的に露出しつつある生物学的な「生(ゾーエー)」につながっていると思うんだが、どうかな?
 それは当たっているかもしれないよ。80年代から言われるようになった「私さがし」や「自分さがし」の「私」「自分」というのは、社会政策の主体・対象からの離脱宣言みたいなニュアンスがあったからね。少なくともそこで求められていた「私」「自分」は、法的権利主体というものではなかったよ。
 そうだよな。乱暴な言い方かもしれないが、戦後日本国民の法的権利主体という自己認識から、みずから「剥き出しの生」(ジョルジョ・アガンベン)を求めるような転換があったような気がするんだ。
 そうすると、日本はいま全体主義への傾きを強めているということか?
 ジョルジョ・アガンベンは、「生物学的な生とその諸欲求がいたるところで政治的に決定的な事実となったからこそ、今世紀に議会主義的民主主義が全体主義国家へと転倒したあの迅速さ、全体主義国家が断絶されないままに議会主義的民主主義へと転換されたあの迅速さが理解できる」と述べているが(『ホモ・サケルーー主権権力と剥き出しの生』以文社P.169)、そういう意味では日本も西欧に追いついたのかもしれない。

 そんなところで追いついて欲しくないよな。しかしそうすると、アガンベンに言わせるとケインズ主義的福祉国家と全体主義国家は同じ穴のムジナということになるわけか?
 そうだ。アガンベンによると、「生政治」が全面化したのは19世紀と20世紀であって、その起点は1789年の人権宣言なのだそうだ。人権宣言の第1条は、「人間は法権利において自由かつ平等なものとして生まれ、そうあり続ける」というものだそうだ(同上P.177)。「生まれ」というのがポイントでね。
 それは、偶然や奇跡や新しい始まりを生み出すハンナ・アーレントの「出生」とは反対の、生物学的で必然的な「生(ゾーエー)」に直結する「生まれ」ということか?
 もちろんだ。アーレントが出て来たところでついでに言っておくと、彼女の言う「社会的領域の勃興」というのは、アガンベンの言う「生政治」の拡大とほとんど同じ事態を指していると思われる。但し、アーレントの場合は「剥き出しの生」こそが「主権権力」の基盤であるという問題意識はないかもしれないが。
 なるほど。しかしともかく、マキアヴェッリ=アーレント的な意味での政治的なものの再興ということ、依然としてこれがわれわれの課題であるということかな。
 結論を言えばそういうことだ。


2005/11/11(対話-91) 暴力、抗争、政治

 前回の話の結論はかなり中途半端だったような気がするんだが。
 たしかにね。それというのも、萱野稔人が『国家とはなにか』に書いていないことを俺が問題にしようとしたからなんでね。つまり、「国家と革命」という問題設定があるとすると、萱野稔人の国家論に対応する革命論というのはどういうものになるだろうか、ということを問題にしようとしたからでね。
 君はレーニン的な感じがすると言っていたよね。
 左派の国家論は大なり小なりそういう傾向を持つのだろうが、あれはあれで首尾一貫した国家論なんだろうと思う。萱野稔人にとってはあれは国家についての原理論なんじゃないのかな。「全体主義的縮減」という言い方で現代のネオリベラル国家にも触れているが、原理論であることには変わりがない。
 そうすると、あれをベースにして現代の国家論が書かれるわけか?
 多分そういう展開になると思うよ。あの本ではファシズムと全体主義の差異についてはドゥルーズ=ガタリの理解がそっくり踏襲されていて、アーレントの全体主義論はまったく顧慮されていないが、今後の展開ではそういったことも問い直されていくんじゃないのかな。

 そうだとすると今後が楽しみだな。
 日経新聞10月8日文化面の言い方を借りると、「気鋭の国家論」であるには違いないからね。そういうこともあって、萱野稔人が『国家とはなにか』のあとがきで強く推していた酒井隆史という人が書いた『暴力の哲学』(河出書房新社)をあのあと読んでみたんだが、これも非常に刺激的な本だった。
 へえ。その酒井隆史という人はどういう人なんだ?
 65年生まれの大学講師で、フーコーの研究者らしい。
 しかし、いまの時代に『暴力の哲学』という本を書くとは大したもんだね。
 まさにね。しかも、導入部分で言及されているのがマーティン・ルーサー・キング、マルコムX、フランツ・ファノン、マハトマ・ガンジー、それにブラック・パンサー党でね。
 ちょっとそれは恐れ入るね。
 そうなんだ。目次を見ただけで、これはちゃんと付き合わなくてはならないだろうと思わせる本なんだが、内容はそういう予想さえ超えていたよ。
 どういう風にだ?

 酒井隆史の『暴力の哲学』の基本的な構えは、「(マーティン・ルーサー・)キングは、非暴力直接行動を、潜在的に潜伏させられている敵対性を暴露する、あるいは敵対性を構築する手段として考えている。・・・・ここで定義された非暴力直接行動はすぐれて政治的な行為なのです。ここでいう<政治的なもの>とは・・・・おおよそこの敵対性のことです」というものでね(P.41)。あるいは、「敵対性と暴力を分けなければ、結局、暴力に直面しても聖人のようにふるまえ、というたんなるモラル論、あるいは宗教論に帰着してしまうおそれがある。非暴力直接行動とは、より大衆の力を強化するために、要するに、よりラディカルにやりたいために暴力を控えることなのです」、とも言われている(P.44下線引用者)。
 ほとんどハンナ・アーレントの「市民的不服従」(『暴力について』収録)だな。
 この著者がアーレントを参照していることは間違いないよ。もうひとつ引用すると、「社会のなかの抗争(コンフリクト)は決して超越的な主権によって克服されるべきものではなく、むしろその抗争を中心に据えた社会のあり方こそ構想されるべきだということ。たとえば『政略論』におけるマキアヴェッリの課題は、紛争を維持することによって民衆の力が最大限に発揮される共和制の構成です。このような思想の水脈においてこそ、敵対性や政治的なものが中心的主題になった」、という記述もある(P.85-86下線引用者)。

 なるほど。「予想を超えていた」とはそういうことか。しかしその著者はフーコーの研究者だそうだが、フーコーからそういうアーレント的な権力論(「民衆の力」についての考え方)が出てくるのかな?
 君も知るように俺はフーコーをちゃんと読んでいないんだが、酒井隆史は次のように言っている。「フーコーは晩年にあらためて自由こそが権力の作動の条件であると強調しました。・・・・フーコーが権力論におもむいたのは、圧倒的に敵に有利な情勢を見据えながら、局所的な自由がマクロ的な支配状態を転覆させるための力にいたるまでの条件を探るためでした」、と(P.97)。また、「必然的な制限のかたちで行使される批判を、可能的な乗り越えのかたちで行使される実践的批判へと変えること」というフーコー自身の「批判」についての定義を引用した上で、それを「勝敗の決まったように見える状況を偶然の産物に変換させ、乗り越えうる可能性の地点を指示すること」と解釈している(P.97-98)。
 ますますアーレント的じゃないか。俺にはそう思える。
 たしかに「必然的」とか「偶然の産物」という言い方は、アーレントのエッセイ「自由とは何か」や、『精神の生活』におけるドゥンス・スコトゥス読解を思い起こさせるよね。もちろんフーコーがアーレントを読んでいたとしても不思議はないし、なんと言っても20世紀後半を代表する思想家と言われる人物だからな。

 何にしても、その酒井隆史の『暴力の哲学』が萱野稔人の国家論に対応する革命論の試みなのだとすると、萱野の本をレーニン的な感じがするとした君の印象は間違いだったことになるね。
 君がいま言ったような対応関係があるのなら、その通りだよ。しかし酒井は萱野ではないわけだし、酒井がフーコーに依拠しているとすると、萱野はドゥルーズ=ガタリに依拠しているのかもしれない。あるいは、酒井が晩年のフーコーを重視しているのに対して、萱野の方は主として『監獄の誕生』のフーコーから国家論の基礎となる権力論を取り出しているのかもしれない。
 しかし酒井隆史の『暴力の哲学』はまったくレーニン的ではないよね。
 レーニン的ではないどころではないよ。酒井隆史は『暴力の哲学』を通じてレーニン的でカール・シュミット的な「絶対的敵対性」(=暴力)にとどめを刺して、「現実的敵対性」あるいは「抗争(紛争)」を顕在化させる「非暴力直接行動」、要するに「政治的なもの」を現代に再興せしめようとしているわけだよ。言い換えれば、アーレントの『暴力について』をネオリベラリズムとグローバリゼーションに席捲される現代へと押し出そうとしているように思われるわけだよ。そういう意味からも、この本は現代日本人必読の書であると言っても過言ではないと俺は思う。それから、「現実的敵対性」とか「抗争」とか「直接行動」といった言葉で指示されているものが、アーレントの言う「アゴーン(闘争・遊戯)」の現代的形態であることはまず間違いないね。


2005/11/04(対話-90) 『国家とはなにか』

 前回の「ボブ・ディラン」にせよ、その前の「友情」にせよ、あるいは君がいつも語っていることというのは、アントニオ・ネグリ風に言えば「構成的権力とはなにか」ということだよね?
 いきなり核心に入ってくるね。たしかにその通りだが、それがどうかしたのか?
 君はアーレンティアンを自称している人間だから、いつもそういうことを問題にするのはよく分かるんだが、「構成的権力」と言ったって権力には違いないわけだろう? いや、俺だってハンナ・アーレントの権力についての考え方は知ってるつもりだから、アーレントにおける「新しい始まり」が多数者のあいだの合意形成としての権力とともにあるということは分かるんだが、そのアーレントの考え方においてだって堕落した権力形態というのはありうるわけだろう?
 鋭いことを言うね。たしかにアーレントの政治理論は、ギリシアのポリスやローマのレス・プブリカを理念型として形成されたものだから、アーレントにおける権力というのは、通常われわれが理解している意味での権力とは明らかにずれている。
 極端にずれているよ。だから、アーレントは権力(power)と暴力(violence)とをはっきり区別するし、われわれが普通に理解している権力のことを強制力(force)と言ったりしているよね。

 極め付けは、「自由と主権はまったく異質であり、同時に存在することさえできない」という論点だよ(『過去と未来の間』)。アーレントにおける自由というのは人びとともに合意をなす自由ということだから、従ってそれは非主権的な権力として形成されることで現実化されるという風になるんだな。
 その合意というのはいわゆる契約とは違うのか?
 アーレントはcompactという言葉も使っているから、契約ではないとは言えないのかもかもしれないが、もっとプリミティヴな約束とか盟約とか一味同心というような意味で使っているんじゃないか。
 要するに、ホッブスやロックやルソーなどにおける契約という言葉が持つ近代的な意味あいよりも広い、あるいはより原初的な意味あいで使っているということかな。
 多分そうだと思う。
 しかし、人びとのあいだの約束から生れるものが権力なのだとしても、それが他に対して勝利を収めた場合には国家として形成されていくわけだろう?
 そうだろうね。君も知っているように、アーレントは1950年代に『政治とは何か』という本を書き進めていたんだが、ハンガリー革命の衝撃を受けて、関心が「新しい始まり」としての革命へと向かい、その結果『革命について』が書かれたが、『政治とは何か』の方は放棄されてしまった。

 それで結局アーレントの国家論は書かれなかったのか?
 もちろん『革命について』は国家論を含んでいるんだが、それはネグリの言う「構成的権力」論のようなもので、われわれの前に所与としてある現実の国家(近代国民国家)とは別物だよね。
 『革命について』がそうなのだとしても、『全体主義の起源』の場合は運動体としての近代国民国家の理解ということがベースになっているよね。
 たしかにそれは言える。しかし、あの本は「イデオロギーとテロル」という章で締めくくられているように、ほとんど全体主義とそのイデオロギーの把握に終始しているよ。
 つまり本格的な国家論とは言えないんだと?
 アーレントはデンマークなど一部の国家を除くと、亡命ユダヤ人としてヨーロッパ大陸の国家を受け容れることができなかったんじゃないのか。だから、アーレントにとって許容しうる国家は最終的に市民権を取得したアメリカ合衆国になるわけだが、アメリカというのはちょっと特殊な国家だからね。まあ「リトルロック事件についての省察」とか、時事的エッセーのようなものはいろいろ書いているが。
 アーレントが国家論を放棄した理由も分からなくはないな。しかし君がアーレンティアンである以上は、未完のまま放棄された『政治とは何か』を君なりに仕上げていく義務があるんじゃないのか?

 恐ろしいことを言うね(笑)。まあアーレントの「構成的権力」理論は政治理論の画期的な成果と言えるわけだが、いわゆる国家論がないのでは政治理論としては方手落ちだろうね。
 最近は日本でも国家についての本が出ているんだろう? そういうものを参照していけば、『政治とは何か』を完成させることだってそれほど難しいことではないんじゃないのか?
 難しいことは難しいよ。極めて難しいと思う。しかし、たしかに君が言うように最近になって国家についての優れた本が出ている。「朝日」や「日経」でも紹介されていたから、話題の本と言えるのかもしれないが、萱野稔人(かやのとしひと)という人が書いた『国家とはなにか』(以文社)がそれだよ。
 どこかで見たような気がするな。その本の著者はどういう人なんだ?
 1970年の生まれで、パリ大学哲学博士だそうだ。
 この前話題にした『友情を疑う』(中公新書)を書いた清水真木より更に若いな。若い世代の優秀な人たちが世に出始めたわけだ。で、その著者はどういう風に国家にアプローチしているんだ?
 「国家とは、ある一定の領域の内部で・・・・正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である」というマックス・ウェーバーのテーゼ(『職業としての政治』)を出発点にして、カール・シュミット、ベンヤミン、エチエンヌ・バリバール、デリダなどを参照しながら、暴力の圧倒的な優位性と、一定領域内における暴力の独占が、国家に合法性と正当性と正統性を与えていくことが語られる。

 それだけでは萱野稔人の国家論の新しさや秀逸さはよく分からないな。
 君が自分で読むのがいちばんいいんだが、「共同体にもとづかない国家というのは、昔も今も数多く存在する」(『国家とはなにか』P.16)とか、「国家が暴力を行使するときはつねに合法な暴力と違法な暴力のあいだの分割が反復される」(同P.23)とか、「国家は「不正な」力をおさえるために「必要だから」存在しているのではない。そうではなく、暴力をめぐるヘゲモニー争いの帰結として国家は存在しているのである」(同P.35)といったこの本の論点は、古典的な階級国家論にはないものだと思うよ。
 つまりその著者は階級が国家に先立つのではなく、国家の成立過程において支配階級と被支配階級が生み出されると言っているのかな?
 この著者はその場面では階級という言葉は使っていないよ。つまり、この著者によれば国家は階級支配の道具などではないということだよ。国家を生み出す暴力が支配集団と被支配集団を創り出す、という風に言い換えることはできるかもしれないけどね。いずれにしても、この著者は国家というメカニズムを概念によって把握することを目指しているんだそうだ。ここまで俺が述べたことは、7章からなるこの本の第1章「国家の概念規定」のごく大雑把な紹介にすぎないんだけどね。
 なるほど。それで君にとってその本はどういう意味を持つんだ?

 ひとつ言えることは、この本を含む伝統的な意味での国家論というのは、いわば自然史的な国家論だと思うわけだよ。もちろん現実の国家が自然史的で必然的なメカニズムによって生み出されたことは否定しようもないわけだから、それはそれとしてしっかり理解されなければならないわけだが、その方向ではフーコー、ドゥルーズ=ガタリ、それに萱野稔人のこの本などが現状ではひとつの基準になりうると思う。
 つまり、自然史的で必然的でない国家論もありうるということだな?
 ありうると思う。それは規範的な国家論、ありうべき政体論、来たるべきレス・プブリカ論とでも言うべきもので、平たく言えば「構成的権力」論、あるいは革命論だよ。
 しかし、自然史的な国家論だって21世紀の『国家と革命』たりうるかもしれないじゃないか。
 それはそうかもしれないよ。俺は読んだことがないんだが、あるいはドゥルーズ=ガタリの『千のプラトー』はその序論として位置づけられうるのかもしれない。しかし、21世紀の『国家と革命』がもし第二の1917年をもたらしたとしても、それは別の自然史的国家を生み出すにすぎないと俺は思う。
 やっぱり君はアーレンティアンなんだな。君の言う規範的な国家論、ありうべき政体論、来たるべきレス・プブリカ論というのは、要するにソクラテス=カント=アーレント的な意味での国家論のことだろう?
 俺はアーレンティアンというより単なる改良主義者かもしれないよ。

 どういう意味だ?
 いまの日本の国家が自然史的で必然的な近代国民国家なのだとしても、われわれがそこに生まれたという運命は否定しえないということさ。
 それで?
 その運命を引き受けるということは、そのことに責任を持つということでね。
 だったら、君がそこに生をうけた自然史的で必然的な国家と社会のあり方をきちんと批判していくということだって、君の言う責任の重要な部分ではあるわけだろう?
 もちろんそうでないとは言ってないよ。萱野稔人の『国家とはなにか』に戻ると、その思考の方向と傾向がどうもレーニン的な感じがするということでね。
 なるほど。もうスターリニズムはたくさんだと。
 そう。萱野稔人の本がそうだと言うわけでないが、憎悪と対抗暴力をもたらす類いの国家論は、それ自体が自然史的で必然的であるだろうということだよ。要するに伝統的な意味での国家論は、共通世界への忠誠心を呼び覚ますような規範的な国家論=政体論=レス・プブリカ論によって基礎づけられるのでなければ、再び惨劇を繰り返す結果にしかならないだろうということさ。
 言いたいことは分かるよ・・・。しかし詳細はまた改めてかな。
 そうだな。


2005/10/14(対話-89) 1964年のボブ・ディラン

 9/15の対話で吉本隆明と並べて60年代のボブ・ディランを「批判」しただろ?
 そうだった。吉本隆明については9/23に説明を聞かされたから、君の基本的な考え方は分かったんだが、ボブ・ディランについては説明してもらっていなかったね。
 だから、今回は60年代のボブ・ディランの話をしてみようと思ってね。しかしそうは言っても、60年代のボブ・ディランの場合は吉本隆明と違って、理解されうるような仕方で文章を残しているわけではないし、彼が書いたフォーク・ロック時代(65-66)の歌詞は、何かについてのメタファーとは言い難いからね。
 メタファーというのとはちょっと違うよね。例えば「ライク・ア・ローリング・ストーン」(65)において何か(誰か)が指示されているのかと言えば、むしろボブ・ディランにおけるある種の気分だよね。
 難しいのは、それが個人的な気分というより、時代の気分でもあること、あるいは時代を映す鏡あるいは媒体としてのそれという側面が強いということかな。
 要するに、60年代のボブ・ディランというのは、60年代という時代と不可分だということだろう?

 もちろんそうなんだが、ボブ・ディランは天使のようなポール・マッカートニーとは違って、時代を照らす光であることに反抗し続けたじゃないか。
 かなり「自我」の強い人物だったみたいだからね。
 そう。「ライク・ア・ローリング・ストーン」の偉大さはあの歌詞にあるわけではなく、総体としてのサウンドにあることは明らかなんだが、だからと言って歌詞も無視できない。というか、ボブ・ディランの声を通じてあの歌詞はサウンドの一部になっているわけだから。
 しかし、「ミスター・タンブリンマン」の場合は歌詞も非常に重要だよね。
 だから「ミスター・タンブリンマン」はバーズのシングル盤(65)で全米チャートの1位になったのに、「ライク・ア・ローリング・ストーン」は2位止まりだったとも言えるかもしれない。
 しかし、俺はバーズよりディランの「ミスター・タンブリンマン」の方が好きだよ。

 俺だってそうさ。ところで、つい最近マーティン・スコセッシの『ノー・ディレクション・ホーム』という60年代のボブ・ディランの映画のサントラ盤が出てね。
 そうらしいな。
 その中に64年6月9日に録音された、ジャック・エリオットとデュエットしている「ミスター・タンブリンマン」が収録されているんだが、これが『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(65)に収録されているヴァージョンに負けず劣らず素晴らしい。バーズ・ヴァージョンにいちばん近い。
 えっ。そんなに早く作られていたのか?
 俺も意外だったよ。64年6月9日と言えば、『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』(64)が一日で録音された日でもあるからね。
 ということは、ディランは64年にはもう路線転換していたということか?
 というか、64年から65年にかけて、つまりほぼ1年をかけて、プロテスト・ソングのプリンスからポップ・ミュージックの象徴的ヒーローへと脱皮(転換)して行ったものと思われる。

 俺たちがディランを初めて聴いたのは65年の夏頃で、当時大ヒットしていた「ライク・ア・ローリング・ストーン」を通じてだったわけだからな。あの頃はディランについての情報なんてほとんどなかったし。
 しかし情報があってもなくても、分からないことは分からない。俺の場合ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」によって幼年時代のまどろみから目覚めさせられたようなものだから、65年から67年頃にかけてボブ・ディランの音楽が何なのかということを理解しようと試みたものだが、結局は分からずじまいだった。67年以降は俺のボブ・ディラン熱も冷めてしまったし。
 あれから40年が経って、やっと何かが分かってきたということか?
 そうだ。何かが分かるのに40年もかかるなんて恐ろしいような話だが、古代ギリシアにおける政治とかアテナイのポリスの意味が、ハンナ・アーレントによってある方向から照明を当てられるまで、2500年もかかっているというようなことだってあるわけだから。

 それは、ボブ・ディランの音楽を含む60年代という時代の意味が、当時の俺たちにはほとんど分からなかったことも関係があるよね?
 時代の意味がまったく分からなかったわけではないんだが、言葉にはできなかったな。
 それにしても、40年というのは恐ろしいね。
 恐ろしいのは、むしろ分かるということの方だと思うよ。分からないまま終わってしまうことの方が圧倒的に多いわけだから。それはともかくとして、『ノー・ディレクション・ホーム』のサントラ盤を買ってから知ったんだが、『アット・フィルハーモニック・ホール』という64年10月31日のライヴ盤も去年出ていてね。
 オフィシャル盤「ブートレグ・シリーズ」の一環かな?
 そうだ。40周年記念ということで発売されたんじゃないのか。フィルハーモニック・ホールというのはバーンスタインとニューヨーク・フィルの本拠地だから、グリニッチ・ヴィレッジからも近い。
 気心の知れた聴衆を前にしてのコンサートだったわけだ。

 重要なのはその点でね。実を言うと、この2枚組のライヴ・アルバムを聴いて、60年代のボブ・ディランがようやく少し理解できた気がしたよ。
 『ロイヤル・アルバート・ホール』を聴いても分からなかったことがか?
 『ロイヤル・アルバート・ホール』は66年5月のマンチェスター・ライヴだから、もうポップ・ミュージックのスーパースターになったあとじゃないか。「ユダ」なんて野次は1年遅いよ。
 フィルハーモニック・ホールではギター一本とハーモニカだけでやっているのか?
 そうだ。しかも、ジョーン・バエズをゲストに迎えてデュエットまでやっているよ。
 それは凄い(笑)。フォーク・ヒーロー、ボブ・ディランの時代だ。
 ところが、『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』をその年の8月にリリースしたあとだから、もう純然たるフォーク・ヒーローとは言えないんだな。
 しかし「ユダ」なんて野次は飛ばないんだろ?

 そこが微妙でね(笑)。このコンサートが行なわれた64年10月というのは、マリオ・サヴィオたちがバークレーでフリースピーチ・ムーヴメントを開始した時期とも重なっていることを理解する必要がある。マリオ・サヴィオたちは、管理された学問の自由や大学の自治というものに抵抗を開始したと思われるんだが、ボブ・ディランの場合はピート・シーガー的な精神、つまり社会主義インターやコミンテルン的な御用左翼のいかがわしさに我慢がならなかったのかもしれない。
 アメリカのスターリニストたちが60年代初頭のフォーク・リヴァイヴァルを領導したということは充分に考えられるね。しかし、そうするとディランの聴衆たちだってディランの抵抗を理解できるわけだろう?
 それがこのライヴ盤の決定的な聴きどころでね。ディランはこのコンサートを「時代は変る」で始めているんだが、それは帝国主義・人種主義とスターリニズムに対する二正面作戦のように聴こえるよ。
 へえ。じゃあ俺も聴いてみよう。
 それがいいよ。このライヴ盤にはボブ・ディランの聴衆への語りかけも収録されているんだが、それがまた実に秀逸でね。例えば、「ジョン・バーチ・パラノイド・ブルース」を歌う前に、「次の歌は「ジョン・バーチ・パラノイド・ブルース」という歌。作り話だからね(笑)」と語っていてね。

 「作り話だからね」、か(笑)。
 それから「デイビー・ムーアを殺したのは誰?」を歌う前には、「次の歌はボクサーについての歌。ボクシングとは何の関係もないけど、ボクサーについての歌なんだ。そうね、実際はボクサーとも何の関係もない(笑)。まあ、何とも何の関係もないよ(笑)。ぼくはただ言葉を寄せ集めただけ。ただそれだけ(笑)。新聞に書かれていることを、そのまま歌にしたんだ。何も変えてない。言葉以外はね(笑)」、だよ。
 ボブ・ディランはその時いくつだったんだ?
 幸いにしてというか、10代ではなく23才だよ。しかし、いずれにしても天才であることには変わりがない。初期ビートルズのような底抜けの天真爛漫さはここにはないが、御用左翼には回収されないぞという意志と論理は明確だ。なんと言っても、まだ無垢な純粋さを保っているのに、確実に嘲笑を含み始めたディランの笑いが凄い。俺たち凡人にはとても真似ができないよ。

 聴衆たちはそれをどう受けとめているんだ?
 おおむね好意的だよ。大きな笑い声をたてる女の子がいるが、彼女はディランを理解している。
 しかし、そうであればボブ・ディランは聴衆たちとともに進もうとしていたということだろう? そうすると、君が9/15に吉本隆明と並べてディランを「批判」したのは的外れだったことになるよね。
 そうなるね。しかし、65年に入るとすぐに『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』を収録して、「ライク・ア・ローリング・ストーン」を収録するのが6月だからね。
 そして7月25日のニューポート・フォーク・フェスティヴァルを迎えるわけだ。
 そうだ。だから65〜66年のある時点でディランは「世界」から「私」へと召還してしまったと言える。
 つまり、その64年10月31日のライヴは、プロテスト・ソングの第一人者という「世界」を志向するあり方から「私」へと召還して行くのではなく、しかも、御用左翼的ないかがわしい世界を越えた、まったく新しい世界を模索するディランを捉えた稀有の記録でもある、ということかな。

 まったくその通りだよ。40年も経ってから"ボブ・ディランの真実"と出会うことになろうとは夢にも思わなかったよ。新左翼のSDS(Students for a Democratic Society)の活動家たちがボブ・ディランに並々ならぬ関心を寄せていたことの意味は、『フリーホイーリン』(63)や『時代は変る』(64)といったアルバムを聴いただけではよく分からないからね。とりわけ俺たち日本に住んでいる人間にはね。
 それは分かったが、肝心の歌と演奏はどうなんだ?
 はっきり言って、このライヴ盤があればフォーク・ヒーロー時代のスタジオ録音盤3枚は捨てていいかもしれない。それほど生気に満ちた歌と演奏であるということだよ。これほど稀なレコードはちょっとないよ。初期ビートルズのレコードはほとんど奇跡そのものだから、それと比較するのは馬鹿げているが。
 なるほどね。じゃあ次回は「1965年のボブ・ディラン」をやろうか。
 うーん。それは俺にはまだ難しいと思うよ。それよりひとつ言い忘れていたが、これまで出ていた初期ボブ・ディランのスタジオ録音盤には「ジョン・バーチ・パラノイド・ブルース」と「デイビー・ムーアを殺したのは誰?」は入っていなかったよね。俺は66年頃、邦訳されたボブ・ディランについての本を読んでいたから、その2曲はアメリカでは出ているものと思っていたよ。


2005/09/29(対話-88) 友情のゆくえ

 前々回及び前回と、吉本隆明の政治思想に言及したのは、「官から民へ」という小泉政権の志向に見られるクレイジーな考え方とその基盤を解明し、根底から批判して行くためのステップとしてなんだが、今回はそのことと関連して、最近読んだ『友情を疑う』(中公新書)という本に触れておこうと思うんだ。
 いまどき友情について本を書くなんて奇特な人だね。著者は何者なんだ?
 清水真木という1968年生れの人で、西欧哲学史家らしい。
 俺たちから見れば若いな。で、どういう風に友情にアプローチしているんだ?
 その著者が参照している哲学者・思想家としては、アリストテレス、キケロ、モンテーニュ、ラ・ロシュフーコー、シャフツベリ、ルソー、カント、ハーバーマス、アーレントなどが挙げられる。
 ラ・ロシュフーコーとシャフツベリというのはよく知らないし、ソクラテスとプラトンが入っていないのは意外な感じがするが、それでもなんとなく方向は分かる気がするね。
 実は俺もハーバーマスとアーレントがその本でどういう風に言及されているかを確認してから、読むことに決めたんだけどね。キケロの『友情について』は前から読むつもりだったし。
 アーレンティアンの君としてはそうするだろうな。じゃあその本の内容に行こうか。

 そうしよう。まずこの本の著者が友情や友人というものを問う立場は、「哲学者たちの手になる友情論が前提としているもの、それは、友情の問題とは「公共性」の問題という大問題の一部をなす小問題であり、友人とは何か、友情とは何かという問いによって本当に問われなければならないのは、友情と公共性の関係であるという理解であった」というものだ(P.B-C)。
 なるほど。「友情と公共性」という問い方か。
 そういう立場から友情にアプローチして行くと、「この問題についての哲学者たちの共通了解を簡潔に表現しているのが、「もう一人の私」という言葉である。理想的な対人関係を成り立たせるのに必要な相手が友人であるとするなら、友人は「もう一人の私」でなくてはならないのであり、対人関係とは、「私」と「もう一人の私」とのあいだに成り立つものであることになる」(P.17)のだそうだ。また、この著者によると、「「もう一人の私」という言葉を最初に使ったのはアリストテレス」なのだそうだ(同)。
 ソクラテスじゃなくてか?
 知らないよ。とにかくこの著者はそう書いている。そして、「もう一人の私」という言葉が普通に使われるようになったのは、「キケロによって新しい意味が与えられてから」なのだそうだ(同)。

 新しい意味というと?
 友人や友情というのは、それ自体が目的でなくてはならないのであって、「相手は何らかの目的を実現するための手段や道具であってはならない」、という立場らしい(P.18)。
 たしかに、アリストテレスには人間を手段化・道具化するようなところがあったみたいだね。
 多分プラトンもね。それはともかく、これに続いて著者は、@「友情というのは、公共の空間という、人間らしい生活に不可欠の空間を成立させるための基盤」であるとするキケロ=シャフツベリに代表される立場、A「理想的な対人関係は私的生活の内部において可能であると理解する」モンテーニュに代表される立場、B「友人たちのあいだに生れる親密な雰囲気、そして、親密な雰囲気の中での意見や利害の一致、さらに、意見や利害の一致にもとづく助け合いこそ友人との付き合いの本質的な要素である」とするルソーに代表される立場、以上3つの友情をめぐる立場を区別する(P.20-22)。
 ルソーに代表されるBは、Aが前提になっているんじゃないのか?
 思想史的にはそうだろう。そのことと関係があると思うんだが、この著者はAの立場についてはざっと紹介するだけで、ほとんどコメントらしいコメントを加えていない。

 つまり、古代ギリシア=ローマ的な立場vsルソー的な立場という構図になるわけだ。
 そう言えると思う。この著者は、「フィリアの一部をなすものとしての友情とは、友人への配慮ではなく、友人と共有しているもの、共通の(コイノス)ものへの配慮であり、この配慮が、同じものを共有し、共同体(コイノーニア)をともに構成している相手へと及ぶことにより、友人がフィリアの対象、つまり「友人」(フィロス)と認められることになるのである」(P.61)、と要約されるアリストテレスの『ニコマコス倫理学』の考え方が@の立場の根底にあると考えているらしいのだが、同時に、この人間としての友人に対する「同じもの」=「共同体」の優位という考え方は、「友情とは、引力として理解されてはならず、むしろ本質的に斥力(せきりょく)である」(P.171)とする(そういう風にこの著者が理解する)カントの立場につながっているように思われる。
 フィリアってなんだ? それから斥力ってなんのことだ?
 フィリアというのは、この著者によると、「好むこと」一般を指す古代ギリシア語なのだそうだが(P.60)、『ニコマコス倫理学』の文脈では、「フィリアは、共通の事柄に関与している者たち、何かを共有している者たちのあいだに成立するものである。そして、この共通の(コイノス)ものを介して成立するものが「共同体」(コイノーニア)と呼ばれる」のだそうだ(P.61)。斥力については、この著者は、「カントが「引力」と呼ぶのは「愛」である。これに対し、「斥力」として作用するのは「尊敬」であると考えられている」、と述べている(P.169)。

 なるほど。カントにおいて友情の本質をなすのは、愛よりもむしろ尊敬なんだと。
 そうらしい。この著者によれば、カントにおいては、「友情の危機は、愛の解消のうちにあるのではなく、尊敬の破壊のうちにある」のだそうだ(P.171)。そうすると、相手が抱く愛よりも尊敬が維持されなければならないから、そのかぎりにおいて、友人とは「さびしい存在」であるということになる(P.175)。
 要するに「すべてを破砕する人」なんだな、カントは。ということは、こと友情に関しては、カントの立場はさっき君が挙げた@でもAでもBでもないということだな。
 そうなんだが、俺としてはAの立場はとりあえず無視して構わないと思うから、カントの立場は、友情論の区分としては、@の古代ギリシア=ローマ的な立場とも、Bのルソー的な立場とも異なる、近代的・啓蒙主義的な友情論の立場と考えたいわけだよ。
 しかも、その起源は@の立場を生み出したアリストテレスの『ニコマコス倫理学』にあると。
 多分ね。ところで『ニコマコス倫理学』の起源は、友人たちの友情に発する懇願を斥けて毒を仰いだソクラテスにあるのかもしれないが、本質的に「さびしい」カントの啓蒙主義的友情論だって、「公共性の構造転換」(ハーバーマス)を先取りしているところがあるからね。
 なるほど。友情論においてもソクラテスとカントはつながるんだと。

 どちらも倫理的なんだよ。というか、カントに劣らずソクラテスも定言命法の人であると言うべきなのかもしれないが・・・。清水真木の『友情を疑う』に戻ると、「アリストテレスが、『ニコマコス倫理学』において、共同体を統治するときには正義よりも友情に注意を払うべきであると主張するとき、「友情」という言葉によって指し示されているのは、公的な友情なのであ」る、とも述べられている(P.62)。
 「正義よりも」というのが、なんだかルソーを意識したような言い方だね。
 たしかに。しかしアリストテレスにおける正義というのは、不正義・不公正を蒙っている人びとへのルソー的な同情・共感というものではないだろう。あるいは、ソクラテス的な首尾一貫した矛盾のない言動というものが意識されているのかもしれない。つまり、共同体の徳は個体の徳とは違うんだと。
 そうなんだろうな。いずれにしても、@の古代ギリシア=ローマ的な立場は、ハンナ・アーレントの立場でもあるから、君と同様俺にもすっきりと理解できる。ところで、その著者はBのルソー的な立場については、どういう風にコメントしているんだ?
 結論を言えば、「ルソーの友情論は、全体主義に結びつく要素を含んでいる」ということさ(P.140)。具体的にはジャコバン派の恐怖政治、もっと言えば、「友愛化」(フラテルニザシオン)と称する粛清だとか、「公共精神局」なる機関を生み出したのがルソー的な友情にほかならない、ということだよ。ソ連や中国における「同志」たちの所業も同様であると。アーレントの『革命について』の友情版という感じだよ。

 なるほど。だいたい分かった。ところで、21世紀の現在においても友情は成立しうるのか?
 この著者によれば、「二十世紀半ばに、公共性が二度目の構造転換を経験した」結果、「市民社会の前提となっていた「市民的公共性」は、その実質を失って」しまったのだから、「本来の意味での友人との付き合いが成立するための前提すら失われてしまった」、ということになる(P.178-179)。
 そのことは、ここ20〜30年のあいだに新古典派経済学=ネオリベラリズム(小泉政権における「官から民へ」の理論的・イデオロギー的基盤)が急速に勢いを増してきたこととも関係があるよね?
 そうなんだが、この著者はそういうことは述べていない。テーマが全然違うから。
 君自身は21世紀の友情についてどう考えるんだ?
 この著者の言うことはよく分かるんだが、「暗い時代の友情」というものはありうると思う。われわれはその範例をアーレントとヤスパース、あるいはアーレントとメアリー・マッカーシーのあいだの友情に見出しうる。しかし、われわれにとってなによりも重要なことは、9月27日の経済財政諮問会議の提案だとか、9月28日の須田美矢子日銀審議委員による量的金融緩和解除発言などを正しく批判して行くことさ。
 そういう公的行為までが不可能になってしまったわけではないのだと。
 ない。カント=アーレントに倣って言えば、われわれはいつだって「時間のなかで系列をまったく自ら始める能力」を持っているということさ。21世紀の友情の可能性の条件はそこにある。要するにアーレントの言い方を借りれば、人間世界の出来事は奇跡に満ちているということさ。


2005/09/23(対話-87) 吉本隆明の政治思想

 きのう(9/22)の朝日新聞朝刊一面の写真、見たか?
 見た見た(笑)。野田聖子と平沼赳夫が国会の無所属席で、「そこなの?」(野田)、「あなたはそこ」(平沼)、と苦笑しながらそれぞれの席を指さしている写真だろう? 朝日にしてはひさびさの傑作だよ。
 しかも、刑事被告人・鈴木宗男の席が郵政民営化反対派の真ん中だぜ(笑)。
 席がどういう風に決まるか知らないが、反対派にとっては一種の島流しだよ。もし反対派の多数が当選していたら、ああいう配置にはならなかったと思うんだが、とにかく反対派は完敗したということだな。
 そういう敗者の悲哀を見事に写し取っていたよね、あの写真は。あと、民主党代表代行への就任を辞退した小沢一郎の弁も情けなかったね。
 なにしろ、「小沢側近」と言われた藤井裕久までが落選してしまったわけだから。
 それもあるだろうが、前回の君の推測を信じるとすれば、先の「綿貫民輔・亀井静香の乱」と見えた倒閣運動の黒幕も小沢一郎だったんだろう?
 もちろんあれは推測に過ぎないが、小沢が綿貫と、田中康夫が亀井と連絡を取り合っていたことは間違いないと思う。そして更に、古賀誠、高村正彦、藤井孝男たちが後続として起つという成行きになろうとしていたのを、小泉に見破られたんだろう。要するに、司令塔も筋書きもまともな理論もひとつとしてなかったのだから、小泉の奇襲攻撃の前になすすべがなかったということさ。選挙結果は仕上げにすぎない。

 いずれにしても、郵政民営化反対運動としての倒閣運動は敗れたのだと・・・。ところで、前回の君の吉本隆明とボブ・ディランの話は面白かったが、君は吉本隆明をちゃんと読んだことがあるのか?
 君も知る通り、俺は吉本のよき読者だったことは一度もないよ。
 それにしてはいかにも自信がありそうだったじゃないか。
 自信はあるさ。もちろん直感的なものだけどね。しかし、あのあと吉本隆明の「情況とはなにか」(1966)を読み直してみて、俺の直感も捨てたものではないな、と思ったよ。
 それを説明してくれよ。
 ではまず吉本隆明の「情況とはなにか」の第6節「知識人・大衆・家」から引用しよう。「人間は<家>において対となった共同性を獲得し、それが人間にとって自然関係であるがゆえに、ただ家において現実的であり、人間であるにすぎない。市民としての人間という理念は、<最高>の共同性としての国家という理念なくしては成りたたない概念であり、国家の本質をうたがえば、人間の存在の基盤はただ<家>においてだけ実体的なものであるにすぎなくなる。だから、わたしたちは、ただ大衆の原像においてだけ現実的な思想をもちうるにすぎない」(『吉本隆明全著作集13』勁草書房P.407)。この一節は『精神現象学』におけるヘーゲルの夫婦関係理解への批判なんだが、その意味ではマルクスに倣っているのかもしれない。
 なるほど。かなり唯物論的だな。

 唯物論的であるとともにアナーキスティックだ。言い換えれば、リバータリアン的だ。
 しかし、唯物論的ではあってもマルクス的ではないと?
 まったくマルクス的ではない。吉本隆明がどうして「家」に行き当たったのかはよく分からないんだが、ひとつは自分の戦争体験、もうひとつは文化人類学やフロイトの知見にあったと思われる。
 なるほどね。吉本が『共同幻想論』を書いたモチーフはそこにあるんだな。
 そうだと思う。従って、もし吉本隆明の政治思想を批判しようとすれば、『共同幻想論』が批判されなければならないんだが、俺はそんなことは考えていないから、ここでは吉本の言う「大衆の原像」というのが西欧的(古代アテナイ的)な「政治的動物」とは原理的に逆のベクトルを持つことが確認されればいいんでね。
 それは分かったが、吉本がよく言う「大衆の原像を繰り込む」というのはどういうことなんだ?
 レーニン的な「外部注入」論の逆と考えればいいんだと思う。つまり、象徴的にはカントに始まると言っていい啓蒙の近代を超えないかぎり自由は獲得されないという問題意識だと思う。
 それはホルクハイマー/アドルノの啓蒙批判とは違うよね。
 まったく違うと思う。ホルクハイマー/アドルノはカント的な啓蒙を批判しているわけではまったくないが、吉本の場合は啓蒙そのものを「自然過程」と呼んでいるよね。つまり、現実に歴史を動かす主体は大衆なのだから、大衆の存在様式を自分のものにしないかぎり歴史に参入できないということだと思う。そういうことを言う場合に吉本が念頭に置いているのは1905年と1917年のロシアであると思われる。

 なるほど。マルクスにとってプロレタリアートに当たるものが、吉本の場合は大衆なんだな?
 そう言えるかもしれない。「ただ家において現実的である人間」というのが吉本の大衆規定なんだが、そういう大衆にとって党や国家はつまるところ擬制にすぎないわけだからね。つまり、吉本にとってはそういう現実的な大衆こそが自由の基盤であるということになるわけだ。
 しかし吉本の家族論や夫婦論は21世紀の現在でも通用するのかな?
 まあ、「対幻想」への補論のようなものは折に触れて出しているからね。しかし、今回の話は吉本弁護論ではないんだから、いやむしろその逆なんだから、夫や妻やその子供等々と規定される人間(=大衆)を原基とする吉本隆明の政治思想が、異議申し立てや「抵抗権」行使を含む60年代的な参加社会にではなく、70年代以降の消費中心の脱参加社会にこそ親和的であることが確認されればいいわけだよ。
 しかし、親はなくとも子は育つと言われた昔の共同体の崩壊を吉本はどう見ているんだ?
 それは分からない。なにしろ俺は吉本のよき読者だったことは一度もないから。しかしそうは言っても、隣組的なコミュニティーやスターリニズム的なものに対して一貫して否定的だったことは間違いないと思う。つまり、吉本は伝統的な(?)共同体の崩壊を自由の拡大と見ていた可能性が高い。
 それはそれでいいとしても、そこからアーレント的な新しい始まりが生まれるのでなければ、人間は世界そのものを失ってしまうわけじゃないか。
 吉本自立思想の問題はそこにあると思う。つまり、吉本隆明は60年代を通じて本当に「昼寝」をしていて、初期ビートルズに象徴される始まりを生み出した大衆を見ることができなかったのだと思う。


2005/09/15(対話-86) 官から民へ?(選挙総括)

 衆院選挙の総括から行こうか。まず君の感想を聞かせてくれよ。
 開いた口がふさがらないよ。いまだに「えーっ???」という形のままだよ(笑)。
 衝撃を受けたのは俺だって同じさ。しかし、そろそろどうしてああいう結果になったのかについて総括と理解に入って行く時期じゃないかと思ってね。
 たしかにそうだな。新聞などに書かれている解説はだいたい目を通しているつもりだが、なるほどと思ったのはNHKの「クローズアップ現代」の解説でね。
 なんて言ってた?
 千葉8区のケースを紹介していたよ。千葉8区で落選した民主党候補は約10万票を得ているんだが、当選した自民党候補は約13万票を得ている。そして、民主党候補の得票数は前回とほぼ同数なんだが、自民党候補は投票率が上がったぶん得票数を増やしている。因みに前回は民主が勝ったそうだ。
 それは今回の小選挙区の典型的なケースなのか?
 俺の知るかぎり、東京3区・神奈川4区・同18区は、千葉8区とほぼ同じだと思う。
 同じパターンで民主が負けて自民が勝ったのか?

 前回は民主勝利・自民敗北だったのが今回は逆になったという点では、東京3区・神奈川4区・同18区ともに千葉8区と同じだ。得票差(3〜4万票差)もほとんど同じだよ。
 なるほど。俺の印象では、前回まで棄権していたおばさんと若者が今回は投票に行ったんじゃないかと思われるんだが、その点はどうなんだ?
 たしかにテレビのインタビューに答えているのはおばさんが多かったね。民主党は本当は郵政民営化に賛成なのに、嘘をついているから自民党に投票すると言っていたおばさんがいた。
 民主党が何を言おうとしているのかよく分からない、という点に関しては俺も同感だったよ。
 結局それなんだろうな。いまから考えると、解散前の参院における郵政民営化法案否決というのは、自民党内反対派と民主党内武闘派にとっては倒閣運動だったのかもしれないね。それが内閣総辞職ではなく衆院解散になった時点で、完全に受け身になってしまったんだろう。
 恐らくそうだろう。倒閣運動は水面下で、しかも目的意識的にではなく(?)行なわれていたらしいからよく見えなかったんだが、亀井静香たちの背後に小沢一郎がいたのかもしれないね。
 どうもそうらしい。政争が純然たる政争だったら、亀井や小沢にも勝ち目はあったと思うが、小泉がそこに国民を巻き込むこと(=選挙)を決断した段階で完全に守勢に立たされたということだろう。

 民主党の岡田は倒閣運動を知っていたのかな?
 それは知っていただろう。しかし前回の選挙の頭(イメージ)があったから、選挙になれば比例区を中心に民主党単独で50議席以上上乗せできる可能性があると踏んだのかもしれない。しかし、どうもその点で小沢たちと選挙戦略の不一致があったようで、郵政以外の争点を創り出すことに完全に失敗した。
 岡田が何かを語るごとに民主党の志向が見えにくくなって行ったよね。それじゃあ、「郵政民営化に賛成か反対か」という小泉の主張と手法に勝てるわけがない。
 結局、小泉自民党の「分かりやすさ」だけが際立って行ったということだな。ひたすら変化と現状打破への期待を募らせていたおばさんと若者たちがそこになだれ込んだということだろう。
 ところで日経新聞(9/12朝刊)によると、日銀総裁の福井俊彦が、自民党の大勝が見えた段階で「長い目で見て非常にプラスだ。資源が一定の方向にしか使われない大きな固まりが分解し、いろいろなことろに使われる」と述べたそうだが、君は福井のこの発言をどう思う?
 「構造改革にプラス」という見出しの記事だろう? 怪しいもんだよ。福井としては、この機会に株価が思いっきり上がって欲しいと思ったんだろう。その期待がそういうことを言わせたのかもしれないが、構造改革原理主義の日経が書いていることだからまったく信用できない。

 火のないところに煙は立たないんじゃないか? 速水優よりマシとはいえ、福井俊彦も日銀の独立性を危うくしていると俺は思う。こういう時、中原伸之(元日銀審議委員・東燃会長)が日銀総裁だったらなあと思うよ。ともかく、小泉の「官から民へ」、あるいは「小さな政府」という主張が多くの国民の支持を得た(自公を合わせて比例区全体で51.5%)わけだが、この点についてはどうだ?
 「官から民へ」という言葉は使っていないかもしれないが、民主党の志向も同じだからね。自公の51.5%に民主の31.0%を加えれば、82.5%になるわけだよ。
 すごい数字だなあ。しかしなんでそんなことになったんだ?
 「犯人」は朝日新聞かもしれないよ。なにしろ9月10日の社説で、「郵政公社の民営化に表われた「官から民へ」という小泉首相の方向感覚は正しい」と書いていたからね。
 投票日直前の社説にそんなことを書いているのか。
 それは朝日の志向でもあるからね。恐らく毎日も同じだろう。日経はゴリゴリの構造改革原理主義だから言うまでもないが、3つの全国紙がそういうことを書き続ければ、読者がそれを「正しい方向感覚」と思ったとしてもなんの不思議もない。民主党は小泉自民党の選挙手法を催眠術と呼んだそうだが、日本国民は連日連夜メディアによって催眠術をかけられているわけだよ。

 しかし20世紀は「官から民へ」とは逆の時代、言い換えれば「個人から社会へ」、「私から公へ」、「ミクロからマクロへ」という時代だったんだろう?
 たしかに、レーニン、ルーズベルト、ケインズ、アーレントといった20世紀のビッグネームたちの志向、そして彼らが影響力をふるった時代の方向はそうだったよ。
 それが逆転したのはいつなんだ? そして、どうしてそうなったんだ?
 決定的だったのは言うまでもなくソ連崩壊だよ。しかし、日本でもアメリカでも60年代の終焉とともに「社会から個人へ」、「公から私へ」という転換が起こっていたじゃないか。
 激動と反乱の60年代の終焉によってだよね。
 そうだよ。しかし日本でもアメリカでも60年代にその「受け皿」ができていたんじゃないのか。
 何なんだ、それは?
 意識や思想のレベルで言えば、日本では吉本隆明の「自立の思想的拠点」(1965)、アメリカではボブ・ディランの「ミスター・タンブリンマン」(同)や「マギーズ・ファーム」(同)がそれだろう。
 えっ、吉本隆明とボブ・ディランが「犯人」だったのか?
 意識・思想のレベルで言えばだよ(笑)。63〜64年の初期ビートルズは従来の「社会」や「公」の質を問い直しつつ、まったく新しい世界建設の自由を世界に示したわけだが、その革命志向を持続させることはできなかった。65〜66年の中期ビートルズはボブ・ディラン的な「私」にひっぱられて行った。

 吉本隆明の自立思想と対をなしていたのは日本では何なんだ?
 60年安保闘争を担った安保ブントと60年代の新左翼三派連合だろう。もうひとつは、60年代に姿を見せた公的・政治的な性格を持った市民社会だよ。それはケネディ政権下の参加民主主義の日本版という側面も持っていたが、60年代の終焉とともに平板な大衆社会(大衆消費社会=脱参加社会)へと変質した。つまり、「私から公へ」というベクトルを含む革命的な「官から民へ」路線は60年代とともに潰えたということだ。
 なるほど。しかし、吉本は親三派ではなかったかもしれないが、親安保ブントではあったよね。
 それは微妙だね。60年代の新左翼活動家やシンパたちはスターリニズムに対抗するために、黒田寛一や廣松渉とともに吉本隆明も読んでいたからね。
 いずれにしても、吉本隆明はポストモダニズムの先駆だったということかな。言い換えれば、吉本隆明は70年代以降の大衆社会を先取りしていたんだと?
 先駆であるとともに、最強のポストモダニストでもあったんじゃないのか。朝日が脳天気に「小泉首相の方向感覚は正しい」と書くのも、吉本自立思想の歪んだ残響なのかもしれない。
 だとすると「ミクロからマクロへ」、具体的にはデフレからリフレへと舵を切るのは容易じゃないな。
 しかし、奢る平家は久しからずと言うからね。今回の選挙で小泉=竹中的な路線は頂点を打ったと見ることができるのかもしれない。また、アメリカのハリケーン災害はケインズ的福祉国家への揺り戻しの契機となるのかもしれない。田中康夫は選挙後に自民党の終わりが始まったという意味のことを言っていたよ。
 そういう無思考の揺り戻しはいやだな(笑)。しかしまあ当面は田中康夫に注目するか。


2005/09/07(対話-85) 選挙、ニューオーリンズ、etc.

 選挙もいよいよ終盤戦だが、どうなんだ全体の情勢は?
 各新聞が9月4日に一斉に報道した通りだろう。
 「自民優勢、民主苦戦」というやつか。しかしどうして民主は苦戦しているんだ?
 自業自得なんだよ。まず、8月末頃に岡田克也が郵貯の預入限度額の引き下げということを言い出したじゃないか。更にそれと前後して、年金制度を再構築するために「消費税を3%引き上げなくてはならない」ということまで言い始めたじゃないか。
 それで民主の勢いが止まったのか?
 そのふたつは大きかったと思うよ。歳出削減ということは、「小さな政府」とかいろいろな言い方で小泉も言っているが、それを増税とセットで言ったのは岡田の方だったわけだからね。
 なんでそんな馬鹿なことを言ったんだ、岡田は?
 よく分からないが、小沢一郎から「小泉に政策論争を挑んだらどうだ」と言われたらしいよ。
 なんで小沢はそんなことを言ったんだ?

 知らないよ。朝日新聞にそう書かれていたんだが、新聞の書くことは当てにならないからな。取材をしないで、勝手に想像で書いたりするから。
 最近君が応援している田中康夫の新党日本はどうなんだ?
 厳しいと思うよ。小林興起が小池百合子に勝てばいいんだが、難しいかもしれない。
 それじゃどうにもならないな。
 現状はそうだが、まだ時間があるからね。特に、ネオ・リベラリズムと効率第一主義がどういう社会を生み出すかということについて、ハリケーンに襲われたニューオーリンズが格好の事例を提供したからね。
 ルーズベルト政権やジョンソン政権下のアメリカだったら、ちょっと考えられないよね。超大国アメリカが国内に第三世界を抱え込んでいることについては、60年代から言われていたが、今回のニューオーリンズの光景はまるでアフリカかバングラディシュだよ。特権官僚支配下のソ連か中国と言ってもいいが。
 小泉の言う「小さな政府」や「官から民へ」のグロテスクな近未来図だよ。
 アメリカの公的部門はなくなってしまったのか?

 なくなってしまったに等しいんじゃないのか。だいたいイラクにおいてだって、いまや民間のプロたちが主力になりつつあるんじゃないのか。
 恐ろしい社会になったもんだな、アメリカは。しかしこれを今回の選挙に利用しない手はないな。
 その通りだよ。小泉の言う「官から民へ」というのは、要するに効率的でない公的部門から撤退しようということだからね。つまりそれは、災害から自力で避難できない者、あるいは安全なところに住むことができない者は「自己責任」でなんとかしろ、ということだからね。
 それを田中康夫に言ってやれよ。
 きのうメールに書いて送ったよ。それをどう活用するかは田中康夫の問題で、俺としては比例区で新党日本に投票するという以上のことはできないわけでね。俺の小選挙区に新党日本はいないから。
 めいっぱい活用してもらわないとね。
 そうなんだが、焦点はもう選挙後に移りつつある感じがするよ。
 選挙後にまた新党ができるのか?

 選挙後というより、まずは総理大臣指名の段階かな。
 しかしそれを意味のある政党再編たらしめるためにも、まずは自民公明連合を過半数割れへと追い込まなきゃならないわけだろう?
 そうだ。だからあと4日、新党日本と自民造反組(野田聖子、堀内光雄、亀井静香、綿貫民輔、藤井孝男、平沼赳夫たち)と民主党には全力で戦ってもらうしかない。自民造反組の多くが再選されれば、小沢一郎や鳩山由紀夫や田中康夫も動きやすくなるだろうから。
 あとは自民党内反小泉派の古賀誠や高村正彦たちの動きか?
 そう。それから社民党の辻元清美や、新党大地の鈴木宗男も取り込まなきゃならない(笑)。
 辻元とムネオをまとめてか(笑)。しかしまずは自公を過半数割れさせないとね。
 そうならないと面白くない。だから9月11日は自民党に投票させるな、ということだよ。自公を勝たせたら日本全体が「ニューオーリンズ化」してしまう、と言い続けてもらわなければならない。もし自公に勝たれても、自民党に手を突っ込むという手(殴り合い)がまだあるわけだが・・・。


2005/08/24(対話-84) ケインズ、田中康夫、etc.

 ロバート・スキデルスキーという人がケインズの伝記を書いているんだが、その中でケインズが書いた「貨幣愛」に関するメモ(1925)を紹介していて、そこに次のような一節があるそうだ。すなわち、「歴史的な興亡は、経済的には効率のよい社会体制が道徳的に不効率であるために起きる。バビロニア経済は国家をきわめて快適な境遇へと押し上げたが、道徳的な理由から滅亡した。根本的な問題は経済的にも道徳的にも有能な社会体制を見出すことである」、と(水島茂樹『<解放>の果てに』ナカニシヤ出版P.253より)。
 ケインズがそんな面白いことを言っているのか。しかしそうするとケインズは、資本主義は経済的には有能であっても道徳的には無能である、と考えていたということか?
 そうみたいだよ。ケインズは「貨幣愛」というものを嫌悪していたそうだが、そもそも資本主義は「貨幣愛」を根源的な動力にしているわけだからね。
 ケインズは資本主義を擁護する経済学者だったんじゃないのか?
 もちろん、ソヴィエト・ロシア流の計画経済に対しては、西欧やアメリカの資本主義を擁護していたさ。効率性ということに関して、もっと根本的にはどちらが人間の幸福に寄与するかということに関して、前者より後者の方がベターであるというのがケインズの考えであったことは疑えない。しかし、それはもちろん資本主義をそれ自体として擁護することとはまた別の話でね。

 経済システムとしては、ソヴィエト・ロシアのより資本主義の方がまだマシなんだと。
 そう。そのことについては、ケインズの後継者のひとりであるポール・クルーグマンがより実証的に述べていることだけどね。
 しかし今回のテーマは資本主義の問題の方なんだろう?
 そうだよ。レーニンの場合はともかくとして、スターリンの計画経済というのは、経済の問題というよりは支配と強制、あるいは内外の戦争と党内闘争と暴力の問題のように思われるからね。
 少なくとも純然たる社会主義計画経済の問題とは言えないよな。
 こんにちに至っては、意味のある社会主義が提起されていると言いうるのは、ケインズ経済学やニュー・ディールや戦後型福祉国家ぐらいのものかもしれないからね。
 そのうち君はマルクスよりケインズの方が革命的だったなんて言い出すんじゃないか(笑)?
 マルクスの革命性は人間の本質的な集団性・共同性を主張したこと、そしてそれを彼特有の終末論的ビジョンに結びつけたところにあったんじゃないのか。後者の終末論というのは、キリスト教の伝統的な観念を無限の進歩を信じることができた近代人の確信と結びつけたものであって、その意味ではかなり単純化されたヘーゲル歴史哲学のようにも見える。

 その部分がマルクスの最もイデオロギー的な部分なのかもしれないね。ところでケインズの革命的なところというのは、「貨幣愛」の克服というテーマにあるのか?
 そう言えると思う。マルクスの思想が終末論的である所以は、「貨幣愛」のようなものは人間が歴史の主人公になって行く過程で解消されるとしたことにあるんじゃないのかな。そういう構えが多くの人々を惹きつけたのだろうが、ケインズならそういうことをなしうるのは人間の集団と組織であると言うだろうね。
 マルクスにはどこか無責任なところがあるよね。
 そう言えるかもね。ケインズの場合はもっと端的に、「近代文明の内部をむしばみ、今日の道徳的退廃に対して責任を負わねばならない寄生虫」、それは「経済的基準の過大評価に基づいたベンサム流の計算だった」と述べているよ(「若き日の信条」、『世界の名著69 ケインズ/ハロッド』中央公論社P.124)。
 まるでアマルティア・センの「合理的な愚か者」だな。
 センがケインズから学んだんだろう。ところでケインズはそのすぐあとで、「マルクス主義として知られる、ベンサム主義的帰謬法の決定版」とも述べている(同上)。
 マルクスはベンサム主義者なのか?

 そういう一面があることは否定できないんじゃないか? 『ゴータ綱領批判』なんか、かなりいかがわしいところがあると思わないか?
 「各人は能力に応じて、各人は必要に応じて」というアレか?
 そう。そんなのがマルクスの考える共産主義だとしたら、生きる気力が萎えるよ。
 ケインズはどうやってベンサム主義を克服しようとしているんだ?
 ケインズ経済学の核心は「期待」という概念にあると思うんだが、その根底にある考え方は「個々人は、各自別々に自分の目的を促進するために行動しているが、そのような個々人は、あまりにも無知であるか、あるいは、あまりにも無力であるために、たいてい自分自身の目的すら達成しえない状態にある」というものでね(「自由放任の終焉」、同上P.151)。
 ケインズの社会主義的な傾きは、そういう人間観からきているんだな?
 人間観と経済観から、だよ。しかしケインズは、「個人と近代国家の中間のどこかにある」「半自治的組織」や「法人」には信頼を置きうると考えていたようなんだな(同上P.152)。つまり、「現代における・・・経済悪は、危険、不確実性、無知に原因する」のだが(同上P.155)、社会の方は安定要因たりうると。

 要するに、経済を社会に埋め込めと。言い換えれば、個人を市民・国民たらしめよと。
 それがベンサム主義の克服を含むケインズの結論だろう。ケインズ自身の言葉によれば、「集団行動を媒介として、現代資本主義の運営技術を可能なかぎり改善すること」が肝要なのだと(同上P.156)。
 そうしたケインズの考え方が具体化されたものが、アメリカのニュー・ディールであり西欧や北欧の戦後型福祉国家なのだと。
 方向としてはもちろんそうだよ。しかし、その後の人間の無知と無能と「貨幣愛」の揺り戻しによって、ケインズのプロジェクトは未完のままにとどまっているというのが現状だろう。資本主義の運営技術を改善することが依然として問題であり続けているのに、それを再び19世紀的な無知と無能と「貨幣愛」の自由放任へと戻そうと少なからぬ人々が言い出すから、こっちはびっくりするよ(笑)。俺は猪口邦子という人はまともな学者かと思っていたんだが、とんでもない食わせ者だったらしいよ(笑)。
 君の言うその「人間の無知と無能と「貨幣愛」の揺り戻し」というのが、新古典派経済学であり、ネオ・リベラリズムであり、その具体化としてのサッチャリズムであり、レーガノミクスであり、中曽根政権の民営化路線であり、小泉政権の構造改革路線であるわけだな?
 そうだ。だから今度の選挙は非常に重要な選挙になるんだよ。

 ところで田中康夫が選挙に参戦してきたね。それも自民党造反組(無自覚なケインズ派?)の応援団長みたいな形での参戦だから、ちょっと驚いたよ。
 意表を突かれたな(笑)。俺は康夫ちゃんが嫌いだったんだが、今回ですっかり見直したよ。是非頑張ってもらいたいよ。小沢一郎の別働隊を買って出たという面もありそうだし。
 田中康夫は、「小泉さんは財政赤字の拡大を放置してきた」と言っているよ。
 以前の康夫ちゃんだったら考えられないような極めて鋭い発言だよ。マクロ経済政策をどうするのか(つまり、デフレを放置するのか、それともリフレ転換させるのか)という最重要論点をメディアが棚上げ(隠蔽)してしまっている現状では、財政赤字に言及するのは極めて鋭く、しかも正しい。財政赤字の拡大を止めるには、政府・日銀が名目GDPを拡大する政策を採用するのがベストだからね。というか、名目GDP成長率(潜在成長率にインフレ率を上乗せすれば6%ぐらい行けるかも)をして名目金利を上まわらしめ、それによって国債発行残高の対GDP比率を収束させることが重要なんでね。もちろんGDPの拡大は税収増と連動するから、しかもその段階では財政支出も減らせるから、プライマリー・バランスも劇的に改善する。
 もし田中康夫がそういう風に考えているのなら、やつに首相か重要閣僚をやらせることは日本国民の重要な選択肢になるよね。県知事をやっているからすぐには無理だろうが。
 そういう方向を考えているならね。ギラギラしたやつだが(笑)、今後は要注目だろう。


2005/08/17(対話-83) 『セピア色の鎌倉』

 しばらく日本の政治・経済の話をしてきたが、今回は話題を変えるよ。
 それがいいよ。民主党に期待をかけたって、ろくなことがなさそうだよ。何を言い出すかと思ったら、郵便貯金の預金限度額を引き下げるなんてことを言い出したよ。
 票が減るだけだよな。別に民主党を見かぎったわけじゃないんだが、選挙はまだ先だからね。その話に戻ることもあるかもしれないが、それより昔の鎌倉について書かれた本をつい最近読んだもんでね。
 昔っていつ頃だ?
 それほど昔じゃなくて、昭和35年頃だよ。
 それは君にとっては面白いだろう。誰が書いてるんだ?
 富田康裕という昭和21年生まれの人で、いまは会社の役員をやってるらしい。会社と言っても、中小企業ではなくて大企業だと思う。大学は早稲田みたいだから。
 その人は鎌倉の人なのか?
 小学校6年の時に浦賀の小学校から御成小学校に転校してきたのだそうだ。
 何年頃だ?
 正確なことは書かれていないんだが、たぶん昭和33年だよ。
 1958年だな。で、その本は何という本なんだ?
 『セピア色の鎌倉』という本で、「トミタクンの思い出の記」という副題がついている。出版社は文芸社というところで、初版は2003年9月15日となってる。

 自費出版かな?
 多分ね。しかしよく書けているよ。
 その人は中学も御成なのか?
 そうだ。高校は湘南に行くつもりだったと思われるんだが、数学が苦手だったのに勉強らしい勉強をしなかったらしくて、仕方なく鎌倉高校へ行ったのだそうだ。
 そうすると鎌倉っ子と言えるな。
 そうでもなくて、鎌倉高校に入った頃に家が藤沢の片瀬に引っ越したらしい。
 いずれにしても湘南ボーイだな。鎌倉はどこに住んでいたんだ?
 小町だよ。父親が鎌倉警察署の署長だったそうで、警察署の裏の官舎に住んでいたらしい。
 鎌倉のど真ん中だな。1960年頃にティーンエイジャーとしてその家と御成を中心にして過ごしたということは、戦後の鎌倉の黄金時代を生きたようなもんだ。懐かしい話がいっぱい出てくるんだろうな。
 伝統的な鎌倉が高度経済成長のなかで近代的な鎌倉へと変貌して行くのを、かなり意識的に見ていたように思われる。なにしろ学年が俺たちより4つ上だから。
 君が知ってる鎌倉より古い鎌倉を知ってるんじゃないか?
 富田氏の強味は友達に恵まれたことだよ。彼が中学時代に親しくしていた友達は、扇ガ谷、長谷、稲村ガ崎、腰越の連中で、どうやらみんな土地の者らしい。俺が彼と同時代に北鎌倉にいたくせに、鎌倉のことを表面的にしか知らないのは、地域の人間と親しくつき合わなかったからだよ。

 サラリーマンの子供だからな、君は。
 そうなんだが、富田氏のことを羨ましいと思うのは、当時鎌倉の地言葉として流通していた湘南弁をすぐに自分のものにしていることでね。
 鎌倉の地言葉って、何にでも「べー」を付けるあの汚い言葉だろ?
 汚いからいいんだよ。汚くて乱暴だからこそ、土地の百姓や職人やガキたちの言葉になったんだよ(元々は湘南の漁師言葉らしいが)。それが地域の人間のアイデンティティーというものだよ。
 なるほど。俺も地域に根付くことができない人間だということか。
 そういうのが"モダン"で"啓蒙化"された俺たちの年代の弱点なんだよ。富田氏だってサラリーマンの子供なのに、最初に身に付けたのが湘南弁だったようだから。『セピア色の鎌倉』に書かれている会話はほとんどが友達との会話なんだが、これがみんな湘南弁でね。「べー」だけじゃなく、「バカヤロー」や「コノヤロー」をごく自然に使っていたらしいのが、俺としては羨ましくてしょうがないよ。
 気持ちは分かるが、君も俺も伝統社会的なもの(更には戦後的のもの)への反発から自己形成を始めているんだから、いまになってそれを羨ましがったって仕方がないよ。
 そうかもしれないが、だとすると俺にとっての鎌倉というのは、単に"個人"として、あるいはよそ者として過ごした土地ということにしかならないよね。
 あたり前さ。ジョン・レノンじゃないが、君も俺も"Nowhere Man"なんだから。君が"個人"というものを好まないのはよく分かるが、それは俺たちより若い(日本の)人間の宿命みたいなものさ。

 俺たちは"個人"であることを運命づけられているということか?
 そうだよ。60年代の学生反乱は64年のバークレーのフリースピーチ・ムーヴメントから始まったと言えると思うんだが、あれこそ伝統社会的な言葉との戦いだったんじゃないのか?
 どうかな? そう言えば日本の学生反乱も独特の言葉を生み出しているが、それは富田氏が鎌倉の地言葉を嬉々として身に付けたのとどこか似ているかもしれない。
 俺たちより4学年上とはいえ、富田氏は戦後のベビー・ブーマーなんだろう?
 ベビー・ブーマー第一世代だよ。富田氏が御成中学に進んだ時は一クラスが50人で、なんと9クラスもあったのだそうだ。つまり一学年に450人もいたんだよ。
 それはすごい。それだけの人間が同期にいたら、いやでも友達ができるな。御成中学にくる生徒はだいたいが鎌倉の中産階級の子供たちで、ほぼ同質と考えていいだろうから。
 生徒が住んでる地域も御成周辺だからね。俺みたいに私立の中学に行くと、生徒が神奈川全域からくるから、逆に学校として閉ざされてしまう。中学高校時代は息苦しくてしょうがなかったよ。
 地域をベースにした学校には別の息苦しさがあるさ。しかし、学校を離れても顔を合わせることが多いだろうから、その意味では学内と学外がつながっている、つまり開かれていると言えるよね。要するに「セピア色の鎌倉」というのは、「セピア色の御成中学」ということでもあるんじゃないのか?
 その通りだよ。俺の場合、いつまで経っても鎌倉や昔通った学校がセピア色にならないのは、集団性や共同性に媒介されていないせいかもしれないな。
 それから、いくつになっても君がガキのままだからだよ(笑)。


2005/08/10(対話-82) 自民か民主か(錬金術のススメ)

 君が期待していた通り、郵政民営化法案は大差で否決されたね。
 いやまったく。慶賀の至りだよ。「朝日」や「日経」の解説記事には悔しさがにじみ出ているが(「日経」に至っては、「不安定な二院制という日本の政治が抱える構造問題」〔8/10朝刊1面〕などということを書いている)、日本をネオ・リベラリズムの支配下におくなんてことが、そう簡単に出来るわけはないんでね。なにしろ日本は戦後一貫してケインズ流の"社会主義"でやってきたんだから。
 一貫してと言えるのは池田勇人から大平正芳あたりまでだろう?
 たしかに、中曽根政権、細川政権、橋本政権、そしてとりわけ小泉政権は反ケインズの色合いが強い。しかし、戦後日本の政治は何らかの意味でケインズ主義的であったとは言えるよ。完全にそういう色合いが消えたのは小泉政権になってからだよ。
 だから君はいつも自民党に投票してきたのか?
 それだけじゃないが、それが大きな要因だったことはたしかだよ。小泉が首相になってからだって、俺は自民党に投票してきているからね。

 そうすると、今度の選挙でも君は自民党に入れるのか?
 いや、今度ばかりはそれは出来ないよ。
 どうして?
 どうしてもこうしてもないよ。小泉は自民党のケインズ主義的色合いを体現してきた造反議員たちを公認しないと言っているじゃないか。つまり、小泉自民党は民営化原理主義党、構造改革党、要するにネオ・リベラリズム党へと純化して今度の選挙を戦うと言っているわけだよ。そういう小泉自民党に投票するわけにはもういかないということだよ。
 じゃあどこに投票するんだ?
 民主党だよ。
 しかし民主党だって構造改革党だろう?
 まあね。というか、民主党はネオ・リベラリズムと社会民主主義のアマルガム政党だからね。前者については「改革」への賛否を経済界(財界)が"踏み絵"に使っているからという事情もあるだろうし。
 だったら自民党とどっこいどっこいじゃないか。

 いや、さっきも言ったように今回は違うんだよ。小泉自身が「今度の選挙は郵政民営化の是非を問う国民投票です」と言っているじゃないか。要するに、おおまかには自民党内ケインズ派と言えた造反議員たちを公認しないと言っているんだから、小泉自民党には投票しようがないんだよ。
 しかしそうは言っても、小沢一郎だって小泉に劣らぬ改革原理主義者だよ。
 いま現在の政治的動力学の問題なんだよ。小沢や岡田克也たちが本気で権力を奪取する気があるのなら、自民党造反組(+欠席・棄権組)と水面下の協定を持つはずなんでね。
 そこに公明党を引き込むのか?
 そうするにしても水面下の話だろうけどね。本来公明党は構造改革党じゃないんだから。
 しかし自公は選挙協力をするんだろう?
 もちろん自公連立政権なんだから(本来は竹下=池田連合だったんだが)、表向きはそうなるさ。しかし今回の選挙の本当の攻防戦は水面下で戦われることになるはずだよ。
 民主党に勝ち馬の勢いが出てくればいいけどね。

 それは戦術の問題だろう。例えば、岡田克也と野田聖子が握手をするとか、そういう儀式をどの時点でやるかだよ(例えばの話だからやらなくてもいいんだが)。それから、古賀誠などの欠席・棄権組は自民党公認として選挙に出るのだろうが、選挙の結果、自民党と民主党が僅差ということになれば、内閣総理大臣指名の段階で反小泉の立場を打ち出す可能性だってありうるわけでね。
 京都で鎌倉幕府に反旗をひるがえした足利尊氏みたいだな(笑)。要するに、現状ではすべてが混沌としているから、水面下で鎌倉幕府(=小泉)包囲網を作って行かなきゃならないんだと。
 まあね。民主党がネオ・リベラリズムと社会民主主義に加えて、自民党造反組のケインズ主義をカバーしてしまえば、政権奪取の可能性はいっそう強まるということだよ。
 そういうわけで、民主党か自民党造反組に、比例区では民主党に投票せよと。
 日本国民としてはそれがベストの選択だろう。そうすれば、日本国民はネオ・リベラリズムの奴隷・機械・動物(=アマルティア・センの言う「合理的な愚か者」)とされることを避けうるだろうし、小泉政権になってから顕著になってきた日本社会の不安定化・液状化現象にも歯止めがかかるかもしれない。
 そうすると次期首相は岡田克也か?

 俺としては野田聖子を推したいんだけどね(笑)。無理かな? 亀井派、堀内派、橋本派、高村派、それに民主党内反ネオ・リベラリズム派が同調すれば、可能性なきにしもあらずだと思うんだが。
 いずれにしても稀に見る面白い選挙になりそうだな。首相指名も含めて。
 是非そうなって欲しいよ。今度ばかりは民主党か自民党造反組に投票すべきだよ。それでケインズ派と社会民主主義派が権力を握れば、本物の景気回復も夢じゃないよ。財政再建その他のいわゆる改革はそのあとだよ。小泉・財務省・経済界・大手メディアは完全に手順を間違えている。
 そういう意味でも岡田克也より野田聖子か。
 そうだ。それがベストだろう。大蔵(財務)大臣は堀内光雄あたりがいいんじゃないか?
 それじゃあ自民党政権じゃないか(笑)。隠れ宏池会内閣か?
 バレたか(笑)。しかしほかの閣僚は民主党でいいよ。但し、経済財政諮問会議のメンバーはちゃんとしたマクロ派・リフレ派に入れ替える必要があるな。
 しかしそんな政治的錬金術みたいなことが本当に可能なのか?
 その程度のことが出来ないのなら政治家なんか辞めたら、と言いたいよ。

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