管理人のつぶやき(5)


2003/08/28 (対話-30)

 前回の君との話はなかなか面白かったよ。俺が言っているのは、前回の話そのものというより、そこから新しい視界がひらけそうなポイントがいくつか語られていたということなんだが。
 具体的に言うとどの点だ?
 まずは「自由の新しい公的空間」の構成というアーレント独特の革命観で、それが「公的幸福」を実現するという点だよ。ところでマルクス主義は革命思想のくせに、しかもマルクスやレーニンやトロツキーはアーレントの言う「公的幸福」というものをよく知っていたくせに、それを明示的には思想化していない。むしろマルクス主義者は「公的空間」というものを「敵」の領分と考える傾向が強いからね。何故ならマルクス主義者という存在は既存の社会においてはむしろ「パブリック・エネミー(公敵)」だからね。だから彼らの革命へのコミットには「公的行為」という意識はほとんど見られないし、しかもマルクス主義者にとって「幸福」というものは、最終的には共産主義の実現以外ではないということがあるじゃないか。
 まったくマルクス主義者というのは度し難いやつらが多いからな。しかし全面的大衆社会化にともなって、すべての「権威」や「秩序」や「規律」の土台が崩壊し、「幸福」(これはどちらかと言うと「私的幸福」と言うべきだが)の確保と増進の基盤をなす安定的な秩序を保障して来た「伝統」や「慣習」や「法」や「制度」が失われて行くのを目の当たりにした20世紀のマルクス主義者は、「歴史的必然」というような19世紀的風のヘーゲル主義的発想では革命思想がもたないということに気がつかなければならなかったはずなんだ(新古典派経済学・グローバリゼーションが人々のきずなを決定的に破壊している昨今においてはなおさらだ)。そもそも歴史に「必然」などあるはずがないんでね(マルクス主義にこうしたヘーゲル主義を導入したのは誰だ?)。
 だから「1968年革命」という祭りの終息とともに、マルクス主義は世界中で全面的に後退して行くわけだよ。アントニオ・ネグリによればイタリアにおいてだけは「68年革命」は更に10年近く続いたらしいが。イタリア人の「幸福」への執念というのはたしかに凄いとは思うけどね。
 つまりアーレントの革命思想は登場すべくして登場したということだろ、君が言いたいのは。もっと言うと「幸福」という契機を導入することで「必然」のくびきから革命を救い出したんだと。
 まあそういうことかな。20世紀のマルクス主義がやらなければならなかったことを、はからずも(?)アーレントがやり遂げたということはたしかに言えそうだよ。具体的に言うと、@まずヘーゲル主義的発想(「歴史的必然性」)から革命を解き放ったこと。Aそして革命を「人間の本性」や「自然の属性」から解放して「人工的なもの」あるいは「人間の努力の産物」としたこと。B従って革命という事象を正当にも私的領域・社会的領域から公的領域・政治的領域へと移し変えたこと。Cその結果、革命から社会・経済的な概念にほかならない「共産主義」を切り離したこと。Dそして「革命権」を公的人間の正当な権利としたこと。E更にすべての真正の革命(新しい公的権力空間の構成)がもたらす「公的幸福」=「公的自由」の実現を「革命権」の根拠としたこと。とりあえずこんなところかな。これ以外にもいろいろ挙げられるだろうが。

 なるほどね。そこまで整理されたら俺がつけ加えることはなさそうだな。しかしそれはともかくとして、アーレントはいま君がしたような整理を果たして歓迎するだろうか?
 歓迎はしないかもしれないね。アーレント本人は自分を革命思想家とは考えていないだろうからね。しかしそうであるとしても、いまではそんなことはどうでもいいことで、本当に重要なことはアーレントがなにを成したかということを正当に評価するということだよ。そしてアーレントがマルクス主義者でも自由主義者でもなく、バークやトクヴィルを20世紀に継承するような保守的傾きの強い政治思想家であったということが、アーレントをして真正の革命思想家たらしめたという驚異的で逆説的な事実をしっかりと理解することだよ。
 そうだな。さっきも少し触れたようにアーレントは現代の大衆社会化に対しては伝統主義的な傾きが極めて強いからね。そして君も言う通りアーレントはフランス革命(の普遍的=夢想的スローガン)に反対してイギリス国民の現実的な「権利」と「自由」を擁護したエドマンド・バークなどに強いシンパシーを持っていたみたいだからね。だからアーレントは革命の「新しさ」ということを強調しながら、そこには"Revolution"の本来の意味でもある転回・回帰としての「復古」という側面があるということも忘れてはならない。もちろんアーレントにとっての「復古」が目指すものはギリシアのポリスやローマの共和政であることは言うまでもないが。
 ところでアーレントの「公的幸福」という考え方はどこから出て来たんだろうか?
 その点はまだ俺にはよくわからない。アーレントの学位論文である『アウグスティヌスにおける愛の概念』(1928)でも読めばその辺りの事情も見えて来るのかもしれないが、少なくともそれが「共存在」というハイデガーの『存在と時間』の考え方を踏まえたものであることだけはまちがいないはずだ。だからそれはハイデガー的な「ひと=世間(das Man)」を踏まえながら、そこからハイデガーみたいに「先駆的決意性」の方へと向かうのではなく、"In-Between"領域における公的権力空間の構成の方へと転回させたんじゃないのかな。その意味ではハイデガーの思考が現実追認的に「実存主義的」であるのに対して、アーレントの場合は「共存在」の「共」の契機にとどまって革命という転回点を導入したということは言えそうだね。
 そうなんだろうが、どうしてそれが「幸福」になるんだ?
 どうしてだろうね。ひとつ言っておく必要があるのは、アーレントの思考にはハイデガーの影響が決定的であるとは言え、アーレントは自らの思考を存在論として展開しているわけではないということだ。だからアーレントの記述に存在論的「幸福論」が見当たらないからと言って、「幸福」の根拠づけが不充分じゃないかと文句を言ってもはじまらないということだよ。
 つまり、ギリシアのポリスやローマの共和政、アメリカ革命における住民集会、1790年と1871年のパリ・コミューン、1905年と1917年のロシア、1956年のハンガリー・ソヴィエト、そして「1968年革命」の最良の達成の中にはっきりと「公的幸福」が認められたという事実の指摘で充分ではないか、ということかな?

 もちろんそれで「充分」とは言わないだろう、アーレントだって。しかし上にも言ったように、そこから更に存在論的「幸福論」を仕上げることまでアーレントに求めるのは、ないものねだりと言うべきなのかもしれないということだよ。アーレントは『革命について』の第三章を「幸福の追求」についての考察に当てているが、アメリカ革命とフランス革命の中で「公的幸福」というものがいかにはかないものでありつかみどころのないものであったか、そしてそれがいかに簡単に「福祉」や「豊かさ」や「繁栄」の追求(の権利)という「私的自由」へと変質してしまったか、ということについて考察をめぐらせている。これはアーレントが、彼女を引き継いで「公的幸福」について思考する者に贈った「要注意事項」であるとも言えるだろう。
 つまり「公的幸福」の基礎づけはわれわれがやらなくっちゃならないんだと?
 そうだ。「公的幸福」がしっかりと基礎づけられ、「公的幸福」と革命とが不可分であることが明らかにされ、更にそれが広く認知されることになれば、それを追及する革命家という存在は「パブリック・エネミー」や「人類の敵」ではなくなるどころか、逆に「期待される人間像」になるわけだよ。
 しかしそれもぞっとしない話だね。もし革命がそういう人畜無害ですべての人々に祝福されるようなものになってしまったら、もう「公的幸福」などは実質を欠いた空虚なものになってしまうだろう。
 たしかにそうだな。「公的幸福」がまさに「公的」である所以は、それが「創設」という「人間の努力の産物」であるということ、そしてそこに生まれる"In-Between"領域のまったく新しい権力空間のあり方に関わるわけだからね。だから「公的幸福」の存在論的基礎づけが必要であるとは言っても、それがそのまま来たるべき革命を正当化する根拠になるわけではない。なにしろそれは「未来」に属する事柄なんだから。むしろ「公的幸福」というものがひとつの世界観やイデオロギーになってしまったとしたら、革命思想に再び「必然性」が導入されてしまったということになるだろう。
 もっと悪いことだって考えられるんじゃないか? つまり「公的幸福」が「必然性」という鉄のタガと化して無制限の暴力が解放されるというようなことだってありうるんじゃないのか? アーレントが『全体主義の起源・3』の「イデオロギーとテロル」に書いているような事態だよ。
 「公的幸福」を掲げた全体主義だな。しかしそうやって見て行くと、アーレントの思考の幅というのは実に驚異的だよ。ともかくアーレントがはっきりと指摘している「要注意事項」を踏まえるだけでなく、「公的幸福」というものがまさに「公的」である所以をしっかりと押えること、更にはそれが世界観やイデオロギーへと容易に転化してしまうようなひとつの「教義」として思想化してはならないこと、そうしたことを考えるとアーレントが自ら革命思想家になるというような野心を持たなかったというのもよく分かるね。
 そういうことだよ。アーレントが「公的幸福」ということを言っているからといって、それをわれわれ自身の言葉にしようとした途端に「やれやれ」と言いたくなるほどの慎重な配慮と操作が要求されるということだよ。

 まして君みたいに「マルクス主義の再建」ということを目論んでいる場合には、マルクス主義にこびり付いているヘーゲル主義だの歴史主義だの決定論的発想だのが無意識のうちにアーレントの革命論に投影されてしまうことがあるから、特に要注意だろうね。
 そうだな。しかし、アーレントに倣って「歴史的必然性」だけでなく「共産主義」や「社会主義」までをも社会・経済的概念として退けてしまったあとでなお「マルクス主義の再建」などということを言っても、そのあとマルクス主義にいったいなにが残るんだと言われそうだね。もちろん残るものはあるのであって、むしろここまで余計(で誤まっており有害)なものを削ぎ落とさないかぎり「マルクス主義の再建」などはありえないということだよ。
 そのあとに残るものというのは、君がよく引用するメルロ=ポンティの「マルクス主義の外には、ある者の権力とその他の者たちの諦念しかない」(『ヒューマニズムとテロル』)という言葉が語っている歴史に対する独特の構えのとり方のことだろう? しかしそこにヘーゲル主義の残滓はないのかな?
 それは微妙な問題だね。メルロ=ポンティが『ヒューマニズムとテロル』で述べている「歴史哲学」というものにヘーゲル主義の残滓とか残照とかがないとは言えないかもしれない。そもそもメルロ=ポンティがあの本を書いた意図のひとつは、モスクワ裁判に対する批判・攻撃からメルロ=ポンティが考えるマルクス主義の神髄を擁護するということにあったわけだから。しかし、そこにヘーゲル主義の残滓があるとしても、それでもやっぱりメルロ=ポンティは正しい。何故ならメルロ=ポンティがそこで擁護しているものは、マルクス主義そのものというよりも、究極においては人間の「公的幸福」=「公的自由」(への権利)であるからだよ。あの本でメルロ=ポンティが言っていることは、ブハーリンは決して負け犬などではなく、「公的自由」を綱渡りのように行使した末に男らしく死んで行ったということだから。つまりメルロ=ポンティはひとりの人間としてのブハーリン(そして別のところではトロツキー)の「勇気と公的精神」(マーガレット・カノヴァン)を称揚しているわけだから。
 なるほどね。君はそこでもアーレント的な読み方をしているわけだね。
 アーレント的な読み方をするまでもなく、メルロ=ポンティ自身の基本的な構え方が極めてアーレント的だということだよ。アーレントのパリ亡命時代にふたりの間にはなんらかの交流があったのかもしれない。それはともかく、アーレントはマルクスやレーニンやトロツキーといった優れたマルクス主義者たちの思想よりも、「勇気と公的精神」の発露にほかならない彼らの行為の方に深い敬意を払っていることはまちがいない。
 君はそれらの人々の中にケインズも含めるんだろ?
 もちろんだ。ケインズ理論の底に認められる「勇気と公的精神」は本物だ。ケインズ経済学こそそうした精神の発露と言うべきだよ。ケインズは決して「福利厚生」や「豊かさ」や「繁栄」それ自体を追求していたわけではない。最後になるが、「公的幸福」がまさに「公的」である所以は、『ハンナ・アレントの政治思想』(未来社)を書いたマーガレット・カノヴァンによると、「人間の自由を決定論や卑しむべき運命への従属から守ること」(P.15)、そして人々が「動物のように生産し、消費し、死滅していくだけのために存在する」(P.32)ことから抜け出して「自分たちの運命を諸手に握ること」(P.33)であるということだ。


2003/08/21 (対話-29)

 前回君と話をしてから約3週間になるというのに、その後君から呼び出しがかからないからこうして出て来たわけなんだが、どうしてたんだよいったい?
 別に。どうもしていないよ。
 そうかもしれないが、君とは週1回ぐらいのペースで話をしていたじゃないか。つまりこの「対話」は週1回ぐらいのペースで更新されていたんだろう?
 たしかにそうだったね。俺も気にしてはいたんだが、面白そうなテーマやネタがなかなか見つからなくてね。それに君からは「つまらない時事的な雑談はやめよう」という提案もあったからね。
 つまらない話はもちろん論外さ。しかし「時事的な話はやめよう」とは言っていないよ。前回のようなネーション(国民)やステート(国家)の本質にかかわるような議論だったら時事的なネタであっても大歓迎なわけだよ。少なくともこの前君と話したことは、最近の『朝日新聞』夕刊の「ナショナリズムを問い直す」というシリーズ企画で宮崎哲弥や宮台真司などが書いていたようなことよりずっと本質的でアクチュアルな話だからね。
 俺も『朝日』のあの企画では誰か面白いことを書いていないかと思ってチェックしてたんだが、どれもこれもつまんないもんばっかりだったよ。あんなもののために購読料を払っているのかと思うと絶望的な気分になるね。しかもあの一連のライターたちはその中から原稿料を取ってるわけだろ。原稿料詐欺と言いたいくらいだよ。『朝日』の方のライターの選定も最低だけどね。
 そうだよね。いまナショナリズムについてなにか語るに値するものを持っている人物と言えば、まずは加藤典洋、それから橋爪大三郎といったところだろ? 北岡伸一や五百旗頭真だってもっとまともなことが書けるはずだろ? あるいは坪内祐三とかね。「若手」だったら大澤真幸とか東浩紀あたりかな。まあ『朝日』としては左翼的でも右翼的でもないナショナリズム論議の土俵を据えようとしていたのかもしれないが、おととい(8/19)の夕刊に中西寛という人が書いていた「愛国心と自由」以外は読む必要もないんじゃないか。
 その通りだよ。たしかに中西寛の「愛国心と自由」という問題設定だけはどこかひっかかるものがあったね。ただし中西寛の言う「自由」はハンナ・アーレント流に言えば"Liberty"の方であって"Freedom"ではないよね。つまり「・・・からの自由」であって「・・・への自由」ではないよね。
 まあそうなんだろうね。しかし中西寛はアメリカ革命やフランス革命に触れているように、それらの革命の中から生まれたアーレントの言う「自由な公的空間」というもの、つまりいま君が言った「・・・への自由」というものとまったく無関係とも言えないんじゃないのか? 中西寛がはっきりそう言っているかどうかはまた別だが。

 君が言おうとしてることは分からないわけではないが、やはり中西寛の言う「自由」は「・・・からの自由」であってポジティブな"Freedom"ではないよ。そもそもアーレントの言う「公的幸福」をともなう「自由」というものは、In-Between領域における「実存疇」とでも言うべき人間の本源的なあり方なのであって(ハイデガーの言う「共存在」)、中西寛が言うような「近代西洋が人類にもたらした福音であると同時に重荷」であるような「自由」とは根本的に異なるものだからね。
 なるほどね。ところで君が言うアーレントの場合の「・・・への自由」というのは、もっと積極的に言うと「権力を構成する自由」あるいは「公的領域に参入する自由」ということだろ?
 まさにその通りだよ。俺は上に「実存疇」などという『存在と時間』のハイデガーみたいな言い方をしたが、しかしそれは「・・・への自由」というようなサルトル的「自由」は空虚なものでしかありえないと誰かが(誰だっけ?)言っていたような意味でのサルトル風の「実存的自由」とはまったく関係がない。サルトルが後にメルロ=ポンティの言う「ウルトラ・ボルシェヴィスト」になり、68年以降は毛沢東主義者になったというのも、そうした「自由」が「空虚」であることの自覚と関係があったのかもしれないじゃないか。
 話を戻すと、アーレントの場合の「自由」というのは古典時代のギリシア・ローマにおける共和政の創設という一種の神話的な「革命(=創始)」の経験とされるものが想定されているんだろ?
 想定というものではないだろう。アーレントにとって古典時代のギリシア・ローマは、1956年のハンガリー革命と同様にリアルなものだったろうと思うよ。だいたいアーレントの最初の革命経験は少女時代のスパルタクス蜂起(1918〜19年のドイツ革命)だったわけだからね。だからアーレントが非左翼の保守主義者であるとは言っても、物心がついた時以来の骨の髄からの「革命主義者」であったことはまちがいないはずなんだ。要するにアーレントのすべての思考は「革命」をめぐるものだったということだよ。しかもそれは彼女の「実存」に内在してもいたということだよ。そうしたアーレントのかなり特殊なあり方が、彼女をして現代を代表する(「自由」と「革命」についての)思想家たらしめたと言ってもいいんじゃないのかな。
 君がそこまでアーレントを高く評価しているとは知らなかったよ。アーレントの研究者である川崎修だってアーレントのことを「マイナーな思想家」と言ってるくらいだろ?
 そうだね。アーレントの言う「革命」や「自由」というものをリアルに受け止めることができないと、いくらアーレントが書いたものを「研究」しても理解できない部分が残ってしまうということなんじゃないのかな。しかもそれは人間の「実存疇」にかかわることだから、致命的な見落しになってしまいかねないわけだよ。もちろん川崎修がそうだと言っているわけではなんだけどね。

 要するに、中西寛みたいな「愛国心と自由」というようないわば二者択一的な発想からはネガティブな「自由」は出て来てもポジティブな「自由」は出て来ようがないということだろ?
 そうだ。ところで君は俺がさっきアーレントのポジティブな「自由」とも中西寛のネガティブな「自由」とも異なるサルトル的「自由」について述べたのを見事に無視してくれたが、例えば『嘔吐』に書かれているような「絶望」と同義であるような荒涼とした「自由」はいまの日本ではかなり一般的だと君は思わないか?
 いまの日本どころか、そんなのは「神代の昔」からあるんじゃないのか?
 ちがうよ。俺が言っているのはキルケゴールの『死に至る病い』を先駆とするような近代人の「絶望」する「自由」のことだよ。言い換えれば鬱病的絶望ではなく躁病的絶望のことさ。もちろんアーレントが好きな古典古代にも英雄的な絶望というのはあっただろうが、そこには共同体的な名誉心のような裏打ちがあったはずだ。俺がここで言っているのは名誉心みたいなものからも「自由」であるような「絶望」のことさ。
 だったらそうなのかもしれない。しかしそういうものがいま「一般的」だとは思わないが。
 「一般的」という意味は、例えば村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』や『イビサ』や『トパーズ』みたいな世界がいまの日本では「一般的」ではないか、という意味だよ。
 村上龍と言えば、「今、元気なのはバカだけだ」ということを最近言ってるよね。
 そうだ。しかしいまのこの大不況下でも必ずしも「バカ」とは言えない「元気」な人間というのはやはりいるものだという話をしてみたかったわけさ。俺がいま言おうとしているのはつい最近読んだ北方謙三の『煤煙』(講談社)という小説のことで、ひさびさにハメットかチャンドラーの傑作を読んだような気分になったよ。
 そういえばその本の新刊広告が新聞に出ていたな。君はいまでも北方謙三の小説を読むのか?
 『三国志』みたいなのは読んでいないが、ハードボイルド系の長編だったらまず読むね。
 それがサルトル的「自由」となんか関係があるのか?
 大ありだよ。だいたいハメットやチャンドラーが創り出したハードボイルドというのは「絶望小説」と言ってもいいわけだよ。そもそもアメリカ人という存在が「絶望国民」と言えそうじゃないか(スタインベックやコードウェルやヘミングウェイの小説の登場人物たちはみんなそうじゃないか)。
 たしかにね。
 それがとりわけチャンドラーになると、ニューディーラー的ケインズ主義がもたらした「安定期」のアメリカに相応しいひとつの様式化された「絶望小説」と言えるものになったわけだ。1980年頃に『弔鐘はるかなり』でデビューした北方謙三が日本においてこれを継承したわけだが、いまの「不確実性」に満ちた「崩壊の時代」においてなお「暴力」を軸にして「幸福」と「絶望」についての物語を書き上げることができたというのは、やはり凄いことだと思うわけだよ。ただし、ラストで主人公の弁護士を死なせてしまうのは物語の構成としては失敗だろうが。
 なるほどね。そういうことね。サルトル的「自由」もまだ捨てたものでないということね。

 整理するとこういうことになるかな。つまり、「自由」にもいろいろなレベルがあって、@まず「・・・からの自由」という意味でのいわゆる近代的な個人の(私的な)「自由」、A次にそのかぎりでの「自由」を「絶望」に至る(「死」に至る)までつきつめて行く可能性としてのいわゆる実存的(文学的、想像的)な「自由」、B最後にアーレント的な「公的幸福」をともなったIn-Bteween領域における権力を構成する(「革命」を遂行する)公的な「自由」、ひと口に「自由」と言ってもこうしたレベルがあるんだと。
 まあそういうことになるのかもしれないが、俺としてはいま君が最後に言った公的で共同的な(それ故われわれが「過去」と「未来」を持ちうるという意味で真に「歴史的」な)「自由」以外はあまり興味がないし、そもそもそれら(君が言った@とA)が「自由」であるとも思わないよ。なにか別の言葉で言うのがいいような気がするよ。例えば「解放」とか「想像(力)」とかね。要するに、「ともに新しく始める」ことだけが人間に本当の「自由」をもたらすのであって、君がはじめに言ったふたつの「自由」はそのための条件に過ぎないということさ。
 しかしそれらは決定的に重要な条件だろう?
 もちろんさ。しかしさっき君が言った@の「自由」がいまの日本に本当にあるのかと言えば、ほとんど絶望的と言いたいね。だいたいいまのいまのマスコミの支配力というのは恐ろしいほどのもので(それもわれわれが「孤独な群衆」でしかないからなんだが)、「世論」にせよ、われわれの思考のパターンにせよ、材料から枠組みからすべてマスコミによって与えられていると言っても過言ではないからね。だからAの「自由」にしても、まずはそこから「自由」になることがその第一歩と言わなければならないくらいだからね。
 つまりいまの日本においてもし「革命」(アーレント風に言えば「自由で公的な権力空間の創設」)というものが考えられるとすれば、まずはそうしたわれわれ自身の権力放棄状態(公的領域から切り離された私的・個的状態)から外へ出ること、あるいはマスコミ的情報・言語空間(非公的・私的・個的なMassの空間)の外側に公的なコミュニケーション空間を創り出すというということになるのかな?
 まあそうなのかもしれないが、具体的にどういう形になるかはまったく想像もつかないよ。1871年のパリにせよ、1956年のハンガリーにせよ、真に革命の名に値するものはすべての革命家の意表をつく仕方で生起しているわけだからね(そこに新しく「歴史」が生起=回帰するという意味で、それは奇蹟みたいな出来事でもあるわけだから)。せいぜい村上龍が『希望の国へのエクソダス』で書いていたような「革命」のかたちが、いまわれわれに考えられる限界と言うべきなんじゃないのかな。
 そうだね。アーレントも言っているように、それは「意識的な模倣とか過去のたんなる記憶によっては説明がつかないある反復」(『革命について』P.409)として生起しているわけだからね。
 その通りだ。だから過去の革命については大いに研究するのがいいとしても、これから生起するであろう革命についてなにかを考えるなんてまったく意味がないよ。そんなことよりも、「反革命」と「動物化」の経済学にほかならない竹中平蔵の新古典派経済学に最大最終の鉄槌を下して行くことの方が遥かに重要だよ。
 なるほどね。それについても次回あたりから是非始めて欲しいもんだね。


2003/08/01 (対話-28)

 前回の「確認」に反してまたしても「時事的な話」になるけど、民主党(菅直人)と自由党(小沢一郎)の合併話に続いて、橋本派の藤井孝男(衆院予算委員長)が自民党総裁選への出馬に意欲を示したそうだね。これでようやく日本の政治(政局)が動き始めたということになるんだろうか?
 どうなんだろうね。民主党と自由党の合併話については、自民党の太田誠一が「鶏小屋に野犬を放つようなもの」と言ったらしいが、もとより小沢一郎の腹はそういうことなんだろう。「改革原理主義者」として鳴らして来た小沢としては、「改革」の旗印を小泉に取られてしまったのではどうにもならないということがあっただろうからね。だからここへ来て小沢が(「政策」を取り下げて)民主党への「加入戦術」によって、一大国民政党を創り出そうとしているんだとしたら、意外に面白いことになるかもしれない。但し、菅と小沢の新党がそのまま真の国民政党=人民政党になるとはとても思えないが(だいいち日本には真の「人民」はもとより「国民」と呼べるものさえ存在していないだろう。存在しているのはMassとしか言えない「大衆」だけじゃないのか)。
 藤井孝男が自民党総裁選への出馬に意欲を示したことについてはどうだ?
 藤井孝男って誰だ? リクルート事件かなにかで逮捕された藤波孝生とは違うのか?
 違うよ。藤井孝男は第二次橋本内閣で運輸大臣をやった橋本派の若手だよ。
 そうなのか。まあ橋本派というのは元々が自由民主党という一大政党の中核集団(旧田中派・竹下派・経世会)だったんだから、それなりの人材を抱えているはずなんだが、いまでは小泉に「抵抗勢力」というレッテルを貼られても、それを返上することさえできない意気地なしの集団だろ? だから誰が出て来たとしても小泉には太刀打ちできないんじゃないか?
 そうなのかもしれないが、小泉が「構造改革」という(サッチャリズムを思わせる)新自由主義的政策を押し進めるブルジョワ政治家以外の何者でもないことがはっきりして来た以上、これに対抗して日本国民の利益を追求する政治家の登場が要請されているんじゃないのか?
 たしかにね。しかしブルジョワ政治家の地金が出て来たと君が言う小泉だって、本人の意識(主観)においては自分は日本国民の利益を代表する政治家だということになるはずだよ。
 そりゃそうだろうさ。とりわけ小泉の場合は、自民党の政治家のくせに富と権力と名声に対するギラギラした欲望があまり感じられないというのが、その「国民的人気」の秘密であることは周知の事実だからね。だから問題は、「日本国民の利益」とは何かという基準を明確にすることだろ?

 その通りだよ。日本の政治・社会・経済の支配的な階級(この言い方が気に入らないなら「階層」と言い換えてもいい)が依然として、大企業経営者(役員、オーナー等)という意味でのブルジョワジー、それから日本社会のエリート層と言い得るキャリア官僚群、更にはそれらを支持基盤とする自民党(や自由党や民主党の一部)の政治家たち(閣僚、国会議員等)の連合であることは誰でも知ってることだろ? だからブルジョワ政治家が日本の政治のトップに立つのはそれなりの必然性があると言うべきだろうし、またそれでいいんだろうと思うよ。問題は、そのことを理解した上で、「主権者」(これは現在ではかなり欺瞞的な言い方だが)たる国民が自らの利益をよく認識して投票行動を行なったり、時には「圧力」を加えたりなどして政治家に「日本国民の利益」にかなう政策を採用させる、というようなシステムをしっかり機能させるということなんだろうが、実はそこがいちばん難しいところなんじゃないのか? これは日本にかぎった話ではないだろうが。
 そうなんだろうね。しかし「そこが難しい」という意味には、ブルジョワ政治家には必ずしも全ての(あるいは多くの)「主権者」を政策決定の場に引き出したり、全ての(多くの)「日本国民の利益」にかなう政策を行なう必要もない、ということがあるじゃないか。何故なら、彼らが第一に仕えるべき対象は彼ら自身の支持母体である日本の社会・経済の支配的階級であるわけなんだから。
 ひょっとすると君は日本には依然として革命が必要だと言っているのかな?
 ブルジョワジーを支配階級から引きずりおろすという意味の革命なら必要がない。君も言っているように、そうした旧来の意味での革命は有害無益だよ(だいいち日本にそうした革命を遂行する「主体」が存在するのか?)。そうではなく、まず必要なことは日本国民(この場合多数である必要はない)が自らの利益がなんであるかを理解するということだよ。すべての出発点はここにあるということだよ。つまりさっき言ったように、まずは「日本国民の利益」とは何かという基準を明確にするということさ。
 そういうことだよな。しかし、よく考えてみると、その場合の「日本国民」とはそもそも何者かということがまず問題になるだろう。もちろんこの場合のそれは一般的な話なのではなく、「利益(利害)」という枠の中での話なんだから、とりあえずは多くの日本国民ということでもいいのかもしれない。しかしより正確に言えば、例えばマクロ経済政策が対象とするような領域と重なり合うような意味での日本国民、あるいはマクロ政策がその「救済」を目指して発動され、その成果が配分される対象としての日本国民ということだろう。あるいは、そうした政策が志向する「未来」を代表する部分と言ってもいいのかもしれない。

 つまり、いま現在の日本において「日本国民の利益」と言えば、まずは「雇用」の創出が挙げなければならないというような、かなり単純な話だということだね。
 その通りだ。何故なら、日本の国力にほかならない国富の源泉は何よりもまず「雇用」、「仕事」、「労働」なんだからね。小泉たちの言う「改革」に意味があるとすれば、それが労働の稼働率を高め、かつ労働と資本の生産性の向上に資するに違いないという前提があるからだよ。だからそういう前提が怪しいということになれば、そうした「改革」は意味がないということになるわけだ。
 要するに議論が「転倒」しているということだろ? つまり、君が言うように新古典派経済学とそのイデオロギーがいかに反動的で犯罪的で破壊的なシロモノであるにせよ、アメリカだったらそれに賛成(共和党系)であろうが反対(民主党系)であろうが、まずは「雇用」の確保・拡大という志向が見られるのかどうかということが、政治家の「公約」の裏付けとしてシビアに要求されるだろうからね。
 そういうことなんだろうな。日本が本格的な長期停滞に入ったのは欧米より20年も遅く、90年代に入ってからだからね。だから「主権者」のかなりの部分を失業者という「階層」が占めて来た欧米と違って、「雇用」に対する(危機)意識がずっと弱いというのも分からないではないが、それにしても日本における議論の「転倒」ぶりはひどいもんだよ。マスコミの言うことを聞いていると、「改革」の進展の度合いとスピードだけが問題であるらしいからな。だから「改革」の目的を議論することなんか問題外だというのがマスコミの基本的スタンスじゃないか(と言うか、自分たちが作り上げていまやゾンビみたいにひとり歩きをしている「改革世論」にひたすら迎合してるだけの話なんだけどね。満州事変以降のマスコミによる「聖戦」イデオロギーの垂れ流しと同じだよ。「聖戦」にせよ「改革」にせよ、人の思考力を麻痺させるに充分な力を持った魔語には違いないからね)。
 もちろんそれだって株価が持ち直しているからなんであって、もしいま7000円近辺でウロウロしていたら「株価対策はどうした」の大合唱だぜ。
 結局それは2003/05/16の「対話」で話した「政治の問題」と「経済の問題」の錯綜・混乱・混同といった問題とも関連するんだろうが、最近はどうも小泉がそれを意識的にやっているように思えるよ。
 君が言っているのは7月29日の小泉の記者会見のことだろ? 『日経』の記事や「会見要旨」を読むかぎり、小泉内閣の「改革路線」というのはとりあえず経済政策とは別であるような語り方をしているようだからな。但し、『朝日』は経済政策としての「改革路線」であるかのような書き方をしているが。
 小泉はあえてどちらとも取れるような言い方をしている「確信犯」であるわけだが、犯罪的なのはそこのところを質問してはっきりさせようとしない記者どもだよ。こう言っても、アホな記者どもはキョトンとするだけだろうけどな。マスコミのレベルの低さと犯罪性はいまにはじまった話じゃないが。

 話をまとめると、9月の自民党総裁選挙にせよその後に予想される衆議院議員選挙にせよ、その争点はあまりにも明らかだということだよね。要するに、「構造改革」を更に進めて「雇用」と経済・社会の破壊・崩壊への道を選ぶのか、それともすみやかにデフレからリフレ(穏やかなインフレ)への転換を実現して10数年に及ぶ長期停滞に終止符を打つのか、このいずれかしかありえないということだよね。これほど争点が明確かつ重大な局面はかつてなかったと言ってもいいほどなんだが、なんだって政治家たちはわけの分からない話ばかりしているんだ。民主党が言っている「道路特定財源廃止」だの「温暖化防止」だの「政治資金収支報告書のインターネット公開」だのといった話はいったい何なんだ。この連中は政治を何だと心得ているんだ? オママゴトじゃないんだからね。またマスコミはマスコミで、馬鹿のひとつおぼえみたいに「マニフェスト」なる言葉を繰り返すばかりで、目下の核心的争点・論点の整理などなにひとつやっちゃいないじゃないか。
 だいたいマスコミが取り上げるのはもっぱら青木幹雄、野中広務、堀内光男、山崎拓、古賀誠、菅直人、小沢一郎といった実力者たちの発言だろ? こういったクリカラモンモンの「親分」たちの得意分野は恫喝と切り崩しと多数派工作だからね。彼らの口から俺たち向けの言葉はまず出て来ないよ。しかしだからと言って、国会議員が知性も教養もない政治ゴロの策士ばかりだと考えるのは間違いで、優れた政治家には優秀なブレーンがしっかりついているはずだよ。小泉だって日本の経済・社会を破壊しようなどとは毛頭考えちゃいないさ。ただ、マクロ経済のことがよく分からないもんだから、郵政等公的事業・法人の民営化(これが狙いとしているのは、『日経』7/30朝刊が書いているように旧経世会の集票マシンつぶしなのかもしれない)という自分の政治方針に適合的な竹中平蔵みたいなゴリゴリの新古典派経済学者(何度も言うように彼らは「弱肉強食」の「自由競争」至上主義者で、そもそもマクロ経済政策という概念がない。しかし彼らは「自由競争」と「市場原理」が機能しなくなるデフレ恐慌やハイパー・インフレや「弱肉強食」が生み出す「独占」をどうする積りなんだろう?)を経済財政・金融担当大臣に据えていることから、現在の小泉内閣の「(経済)構造改革」という路線が生れて来ているわけだよ。だから、いまの竹中のポストを例えば伊藤元重とか吉川洋に換えただけで小泉内閣の経済路線は180度転換するはずだよ。もちろんその場合でもそれ自体としては意味がない「改革」というキャッチ・フレーズはしっかり残すだろうけどな。

 なるほど。君はまだ小泉を見捨ててはいないということだ。
 もちろんだよ。小泉はなによりも靖国神社に参拝してくれるし、北朝鮮にまで行ったし、テロ特措法、有事法、イラク復興支援法といった重要法案を成立させたし、次は日露平和条約締結をやってくれるかもしれないじゃないか。ひょっとすると憲法改正(具体的には第9条を改正して国の自衛権と国防軍の保有が合法化されれば充分)にまで進むかもしれないし・・・。ここまで進むと日本に「国民」と呼べるものが生れたということになるのかもしれない。だからマクロ経済政策という高度に専門的な分野における「誤り」だけで小泉を判断するわけには行かないということだよ。何度も言っているように俺の「敵」は竹中大臣なんだから。また上にも少し示唆したように、小泉の「構造改革」と竹中大臣の「構造改革」とはまったく別ものである可能性が高いし。竹中大臣は「マーガレット・サッチャー」そのものだろうが、小泉はどうもそうではないらしいということだよ。つまり「構造改革」という言葉だけにとらわれていたら判断を誤まるということだよ。
 そう言えば最近の堀内光男の発言などを見ていると、要するに経済財政と金融担当大臣の首をすげ換えてくれさえすれば、あとは小泉でオーケーだということだよね。
 そうだね。俺も堀内光男という人物を少し見直したよ。加藤紘一よりずっとまともかもしれない。


2003/07/23 (対話-27)

 マクロ経済やマルクス主義についての最近の君の話がつまらないと言うわけじゃないが、ちょっと「本筋」からずれて来てるんじゃないのか? 俺が言っているのは、2003/04/03の対話を最後にしてハンナ・アーレントについての新しい話が君からまったく出て来ていない、ということだよ。
 もちろん分かってるさ。イラク戦争を含めてこの間いろいろなことがあったからな。だから、あのあと「時事的な話」が中心になってしまったのもやむをえない面があったんじゃないかと思うわけだよ。もちろんそんなことは言い訳にもならないというのは分かってはいるが、もう少し待って欲しい。その代わりというわけじゃないが、アントニオ・ネグリの『ネグリ生政治的自伝・・・帰還・・・』(作品社)という本を最近読んだんで、それについて少し話をさせてくれよ。ネグリはその本でハンナ・アーレントについて触れているわけではないんだが、どこをどう取ってもネグリにおけるアーレントの影響というのは圧倒的であるように俺には思えるんだよ。
 へえー、そうなのか。それはスピノザの絡みか何かかな?
 いきなり核心をついて来るじゃないか。スピノザかホッブスかマキアヴェリかはよく分からないが、ともかく「政治(思想)」が絡んだ思考にとってはそのへんは不可欠の「参照先」ではあるんだろうからね。それはいまはおくとして、2001年7月の「ジェノバ」(における反サミット=反グローバリズム運動)の評価等を別にすると、ネグリが言ってることはだいたい理解できたし、共感もできたよ。
 まさかネグリに洗脳されたんじゃないだろうな?
 されてはいないと思うよ。俺がこの本でいちばんびっくりし感心もしたのは、ネグリが「敵」と考える陣営のなかで唯一名指しで攻撃している人物が「マーガレット・サッチャー」であるという点だよ。ネグリは「マーガレット・サッチャーは存在論的破壊を遂行する野卑で恐るべき歴史の立役者だったのです。」と述べている(同P.169-170)。この文章の前段部分も引用しておくと、「今、われわれが目にしているのは、<生政治>のなかに暴力が持ち込まれ、欲望の世界が縮減しているという、いわば種の去勢化という現象なのです。・・・ 人々はますます貧困へと、欲望の破壊へと、<生>の摩滅へと向かっているのです。」(同P.169)と言われ、これに続いて上の言葉が語られているわけだ。

 なるほど。ロナルド・レーガンではなく特に「マーガレット・サッチャー」である、というわけだな。しかし、その本(の原著)が出たのは去年ぐらいだろ? もうとっくに首相を辞めているサッチャーだけが特に名指されているというのはたしかに面白いな。君の「敵」は竹中大臣に代表される新古典派経済学らしいが、そういう方向を最も「凶暴」に推進したのがほかならぬサッチャーであったことは間違いないだろうからね。
 そうなんだ。ケインズ派エコノミストのポール・クルーグマンがいちばん嫌悪している人物も恐らく「マーガレット・サッチャー」だろうと思うんだ。それにしても、サッチャーが首相を務めていたイギリスがユーロに参加していないというのも「面白い」よな。と言うのは、その不参加の根拠もまたケインズ主義にはちがいないわけだからね。それはともかく、サッチャリズム(=新自由主義)というものが、「貧困」と「欲望の破壊」と「<生>の摩滅」を、新たに世界にもたらした元凶であることは間違いないだろうね。
 それでネグリは新古典派経済学(サッチャリズム=新自由主義の理論的バック・ボーン)についてもなにか言っているのかな?
 いや、なにも言っていない。そのへんが左翼=コミュニストたちの「不誠実」なところなんじゃないかと俺は思うんだが(ミルトン・フリードマンもポール・クルーグマンも同じ「ブルジョワ・イデオローグ」ではないか、としてしまうような)、それはともかく、もうひとつネグリが言っていることで驚いたのは、メルロ=ポンティを特に名指しで高く評価している点だ(同P.221-225)。ネグリの場合は、メルロ=ポンティが思考のなかに身体という観点を導入したことでポスト・モダニズム的思考を準備したという方向からの評価であるわけだが、身体的観点を導入したメルロ=ポンティの本来のモチーフは「根源的(マルクス/ハイデガー的)歴史哲学」の構想というところにあったはずだと俺は思うわけだ。しかしともかく、こうした思考の交差は面白いと思ったよ。
 それで、君の言うネグリにおけるアーレントの圧倒的な影響というのはどういうものなんだ?
 それについて正確に語るには邦訳も出ているネグリの『構成的権力』(松籟社)を読む必要があると思うんだが、ここでは『自伝』から少し引用してみよう。「(イタリアにおけるー引用者)七〇年代の異議申し立ての運動 ・・・ は世界と自分の関係を変えていくことができるという展望、その過程を経験していけるという喜びでした。一人だけの喜びというものはありません。・・・ そのような経験を共有すること、それが自由なのです。」(同P.37) 「私にとって真理の唯一の指標は行動です。・・・ 行動するとき、人は孤独を脱するのです。なぜなら、行動するということは真理を探求するということであり、真理は常に<共同的なもの>だからです。・・・ 真理とは、集団的な行動であり、ともに闘い、変化する存在なのです。行動は共同体を構成し、われわれの尊厳とわれわれの<生>の実質を生産するものだと思います。」(同P.43) こうしたネグリの発言を、「ブック・レビュー(5)」で引用したハンナ・アーレントの言葉とつき合わせてみれば、立場を超えた両者の「革命」観が恐ろしいほど近似的であることに誰もが驚くはずだ。

 たしかにね。しかしそこには本当に「影響関係」というものがあるのかな?
 ひょっとすると直接的なものではないのかもしれないね。君がさっき言ったようなスピノザかなにかの絡みなのかもしれないし、もっと積極的には、56年のハンガリー革命の研究や「68年5月」の経験からおのずと出て来たことなのかもしれない。しかしいまでも俺が驚嘆するのは、アーレントが60年代はじめという時点で(63年に出た『革命について』で)、「68年5月」をその究極の「内実」(これについては2002/12/28の「つぶやき」で引用したモーリス・ブランショの言葉を参照して欲しい)において見透していたという事実だよ。
 たしかにそれは驚嘆に値することではあるな。スイスに亡命していたレーニンだって1917年2月のロシアにおける大衆蜂起の報には腰を抜かすほど「驚いた」だろうからね。レーニンはその少し前に、自分が生きているうちにそうした決定的な瞬間(「革命」)に際会することはないだろう、と言っているくらいだからね。
 そういうことだ。しかしネグリの場合は「68年5月」をその渦中で(ヴェネチアにおいて)経験しているくせに、しかも左翼のコミュニストのくせに、どこか「革命」に対して距離をおいているように思えてならない。しかもネグリはマルチチュード(<特異性>の集合)ということをしきりに強調しているくせにだよ。俺にはそう思える。非左翼のアーレントが無条件的な「革命」崇拝者であるのとは対照的だよ。
 それはスガ秀実が「60年代革命」についての本を書いていながら、PPMやビートルズの「革命的」な音楽に触れようともしていないのと共通するものがあるのかな?
 あるのかもしれないね。あるいはそれは反前衛主義やポスト・モダニズム系の左翼などに共通する傾向なのかもしれない。マルクスやレーニンやトロツキーがゴリゴリの前衛主義者でありながら、具体的な場面では理念的なコミュニズムなどではなく、断じて「革命」=大衆蜂起の方を歓迎しコミットして行ったのとはまさに対照的だよ。話はずれるかもしれないが、俺は昔も今も60年代のボブ・ディランの音楽が大好きなんだが、しかしそれをPPMやビートルズの音楽のような「革命的」な音楽であるとは認められない。ボブ・ディランの音楽は、「一人だけの喜び」(ネグリ)の音楽というものであって、PPMやビートルズのような「共同体を構成し、われわれの尊厳とわれわれの<生>の実質を生産する」(同)ような音楽ではないということだよ。
 君が言っていることは分かるような気がするよ。俺たちは10代のある時点で「一人だけ」になる(「孤独」になる=大人になる)必要があったわけで、それをあと押ししてくれる応援歌でもあったのが「ライク・ア・ローリング・ストーン」や「ジャスト・ライク・ア・ウーマン(女の如く)」等のボブ・ディランの音楽(歌)だったということなんじゃないのか? 君はそれをはっきり意識することなく、そのことを理解していたはずだし、そうであるかぎり君としてはボブ・ディランの音楽に決着をつける必要があるんじゃないのか? 60年代半ば頃、ティーン・エイジャーだった君はたしかにボブ・ディランの崇拝者だったんだから。但し、それとネグリや反前衛主義やポスト・モダニズムの話とは直接にはつながらないと思うけどね。
 そうかもしれない。


2003/07/11 (対話-26)

 前回の対話で、スガ秀実の1960年代論(『革命的な、あまりに革命的な』)ではPPMはもとよりビートルズについてさえまったく言及されていないということが話題になったよね。今回はそのことから始めようと思うんだが、ポスト・モダニストたちがPPMやビートルズに着目しようとしないのには、それなりの理由があるんじゃないかと思ったわけだよ。恐らくそれは、君が言ったようにPPMやビートルズの音楽がアーレント的(=マルクス・レーニン主義的?)な革命的権力概念をほば完璧になぞり・体現していたことと関係があるんじゃないのかな。つまり、PPMやビートルズがその音楽において遂行した「戦い」のあり方があまりにもストレートな「正面攻撃」(グラムシ=スガ秀実の言う「機動戦」)だったということなんじゃないかと思うんだ。これはポスト・モダニストにとっては許すべからざることだったのかもしれない、ということだよ。
 そんな馬鹿な。ビートルズたちがやったことは、われわれの世界観的認識をめぐる革命的な戦いであったことは間違いないだろうし、しかも彼らはそれに「勝利」したわけだろう? だからそれが許すべからざることなんだとしたら、われわれとしては「歴史」から降りるしかないんじゃないのか? つまり、メルロ=ポンティの言う「マルクス主義の外には、ある者の権力と他の者たちの諦念しかない」(『ヒューマニズムとテロル』)という状況をそっくり受け入れるしかないんじゃないのか、ということだよ。だいたいグラムシは「陣地戦」至上主義者などではないわけで、レーニン/トロツキー的な「中央権力闘争」やローザ的な「マッセン・ストライキ」といったような「機動戦」=「正面攻撃」は、ロシアみたいに「市民社会」が未成熟のところでは有効ではあっても、「国家」という城壁の後ろに「市民社会」という難攻不落の要塞が控えている西欧にあっては単なる冒険主義にしかならない、というような文脈で「陣地戦」というものを提起したわけだろ?
 俺はグラムシのことはなんにも知らないが、そういう文脈で「陣地戦」を提起したというのは、ベルンシュタインの修正主義を思わせるものがあるね。だからグラムシは「陣地戦」至上主義者などではないとは言っても、それはベルンシュタインは社会主義を放棄したわけではない、と言うのとほとんど同じように聞こえるよ。つまり俺が言いたいのは、本当の問題は「機動戦」でも社会主義(共産主義)でもないだろう、ということだよ。本当の問題は「革命」の問題なのであって、結局それは「権力」の問題に尽きるだろう、ということだよ。そこのところが「本当の問題」なのに、それを社会主義=共産主義とその実現に向けた戦略・戦術の問題に還元してしまうところに、すべての修正主義の根があるんじゃないのかな。

 君の言うことは分からないではないが、もし君が社会主義や共産主義が「本当の問題」ではないと言っているんだとしたら、それはマルクス主義からの逸脱になるんじゃないのか?
 そうかも知れないね。いや、実際そうなんだろう。しかし2003/05/23にも言ったように、俺としてはプロレタリア世界革命という路線はいまではリスクが大きすぎて採用することはできないと考えているわけで、とっくに「マルクス主義から逸脱」しているからね。しかし『ゴータ綱領批判』のマルクスにしたって、社会主義や共産主義そのものに本当の関心があったのかと言うと、それはちょっとあやしいんじゃないのか? そもそも「人は自らの解決しうる問題のみを提起する」(『経済学批判序説』)というのがマルクス的思考の「肝」だろ? だから俺としては、マルクスにおける社会主義や共産主義というのは、時代の要請からする一種の「スローガン」(いま流行りの言葉で言うと「マニフェスト」?)みたいなものだったんじゃないかと思うわけだよ(そもそも社会主義・共産主義の思想と運動は、マルクスに先行する歴史的所与としてあったわけだからね)。
 そうなのかもしれないね。だいたい天皇主義者でもある君がマルクス・ドグマチストでありうるわけはないんだからね。しかしそうなると、君にとっては世に言われるマルクス主義の定義などはまったく問題ではなく、@まず「必然の王国から自由の王国へ」という基本テーゼを定立すること、Aそしてそれを実現するためにアーレントの言う「介在的(In-Beteween)」であるが故に「自由」(で「平等」)な権力空間を創設するということ、Bそして「自由の王国」を実現すべく(必要とあらば)この権力は経済と社会のあり方に「介入」して行くということ、Cしかもそれが経済の成長(及び「自由」、「平等」、「福利厚生」の増進)をもたらすかぎりで「市場の効率性」(を「活用」するという意味での資本主義)を排除しないどころか、天皇制や君主制や王制といった「伝統」をも排除しないということ、D言い換えれば、そこにおいては左翼であるとか右翼であるとかいうようなことは問題ではないということ。以上のような諸点が「君のマルクス主義」の指標ということになるよね(しかしそこまで行くと、マルクス主義という基準自体がほとんど意味をなさなくなりそうだが)?
 まあ簡単に言ってしまえば、そういうことになるだろうな。そして「マルクス主義の成立過程」をその諸要素の核心部分から見て行ったら、そういう結論になるだろうと思うよ。それを修正主義と言うんだったら、言えばいいさ。必要と思えば反論はさせてもらうけどね(いまはもう少し「マルクス主義」にこだわりたいからね)。グラムシやベルンシュタインについて言えば、彼らの場合は俺の修正主義とは違って「必然の王国から自由の王国へ」という(不可能とも思える)究極の目標そのもの、そしてそれを実現するための権力のあり方というところで修正主義があるような気がするわけだよ。

 上にも言ったように俺はグラムシのことはなにも知らないから、ここでポスト・モダニズムに戻るけど、例えばフーコーなどがやっていたことはグラムシの言う国家及びその背後に控える要塞=市民社会における「権力」の分析といったようなことだよね? それからドゥルーズ/ガタリになると、そうしたフーコーの権力分析を踏まえて、そこにおける闘争の形式が提起されていたわけだよね? 俺自身はグラムシと同様フーコーやドゥルーズについて語る資格もないんだが、少なくともスガ秀実の場合で言えば、津村喬に先立って天沢退二郎や赤瀬川原平らによる「文化闘争」が高く評価されているように、「陣地戦」至上主義という傾きが極めて強い。つまりそこで言われていることは、「敵」としての国家=市民社会を貫く「権力」に対する「打撃」、あるいはそうした「敵」との「遊撃戦」以上のことではないのではないか、ということだよ。
 要するに君が言いたいのは、スガ秀実においてはマルクス主義が不在だということだろ? それだと大ざっぱにすぎるというのであれば、(「1968年の革命」とは言いながら)そこには「闘争」はあっても「革命」が不在ではないか、ということだろ? もっと言えば、そこには「介在的」で「自由」な権力空間を創り出して行くというような志向がないではないか、ということだろ? そして結局そのことが、PPMやビートルズによる「正面攻撃」がわれわれの前に開示して見せたような「幸福のメッセージ」に対して盲目たらしめた、ということだろ?
 そういうことだ。アーレントの革命論と権力論は直接的には1956年のハンガリー革命から生まれたものだが、PPMやビートルズの音楽の場合は、ポスト・モダニズム的マルクス主義にとってはむしろ「敵」であるところの「戦時体制」にほかならないケインズ主義的=ニュー・ディーラー的「国家資本主義」こそがその直接の生みの親であったと言えるかもしれない。言うまでもなくここに言う「戦時体制」とはソ連圏(及び社会主義=共産主義を志向する国内のマルクス主義勢力)との「競争(競合)」ということを誘因として生み出された体制でもあったわけだ。だからそこでは「労使協調」だの「平和(融和)」だの「豊かで幸福な生活」といったようなことがとりわけ強く打ち出される。それ以前のグラムシ的な国家とその背後に控える要塞としての市民社会というものは、政府主導の「国家資本主義」へと組み替えられる。この体制が先進資本主義国において完成を見たのが1950年代から1960年代にかけてだったんじゃないのかな。そして、恐らく「人類の進歩」というものがひとつの頂点を極めたのもこの時期だったんだろうと思う(一見「反革命」に見えるケインズ主義的=ニュー・ディーラー的志向が「革命」を内包していたらしいということについては、改めて見直される必要がある)。
 そこから、そうした戦後社会の神髄とも言うべき日本のニュー・ディーラー的戦後民主主義を評価しないでいったいなにを評価するんだ、という2003/06/05の君の議論につながって行くわけだね。
 そうだよ。だから、PPMやビートルズの音楽がわれわれに告げていた「幸福のメッセージ」というものは、その時代を(見えないところで)引っ張っていたニュー・ディーラー的理想主義のエッセンスのようなものでもあったんだろうと思うわけだよ。しかも、それが同時に(1917年のロシア革命の「反復」にほかならない)ハンガリー革命に触発されたアーレント的な革命的権力概念を体現するようにして登場して来たというところに、まことに計り難い彼らの真の偉大さがあったということなんだろうね。それにしてもこうしていろいろな角度から見て行くと、「ビートルズの謎」というのは深まるばかりだな。


2003/07/05 (対話-25)

 この前(2003/05/09)君が話題にした小嵐八九郎の『蜂起には至らずー新左翼死人列伝』(講談社)に続いて、スガ(「糸」偏に「圭」と書くらしいんだが字が出て来ない)秀実の『革命的な、あまりに革命的なー「1968年の革命」史論』(作品社)、それに坪内祐三の『一九七二』(文藝春秋)といった1960年代を主題にした本(坪内祐三の『一九七二』だって裏の主題は1960年代には違いないからね)が続々と出ているよね。最近は君も1960年代にこだわっているようだけど、これらはそれぞれに関連があるのかな?
 そりゃあるだろうさ。
 いったいそれはどういう関連なんだ?
 いろいろ考えられるよ。まず坪内祐三の『一九七二』から行くと、サブ・タイトルが「「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」」となってるだろ? 言うまでもなくそれは「おわり」であるところの「現在」の「はじまり」が1972年にあったらしいという直感から来ているわけさ。それからもちろん「現在」の「はじまり」であるところの1960年代の「おわり」が1972年らしいということさ。それをもっと一般化したものが、「モダン」の時代が終り「ポスト・モダン」が始まったのが1972年頃だといったような大澤真幸(や東浩紀)たちの認識だよ。
 だったら主題は1960年代じゃなく1970年代になるんじゃないのか?
 もちろんそうも言えるけどさ。しかし考えてもみろよ。「おわりのはじまり」と「はじまりのおわり」は1972年に突然に生起したわけじゃないんだぜ。2003/02/06にも君と話したように、1972年という年は1960年代の「壮大な終り」を画した年でもあったわけだよ。坪内祐三の『一九七二』はまだ一部しか読んでいないんで、そう言っていいかどうかはよく分からないんだが、そこでは1960年代的なもの(もっと大きく言えば戦後的なもの)、そして現在に地続きでつながっているものとの交錯(つまり連続と切断)が主題なっているはずだよ。
 なるほどね。じゃあスガ秀実の『革命的な、あまりに革命的な』の場合はどうなんだ?
 俺はスガ秀実というのは蓮實重彦(仏文学者・前東大総長)のエピゴーネンみたいな批評家だと思っていたから、つまり典型的なポスト・モダニストだと思っていたから、これまで読んだことがなかったんだが(読む気も起きなかった)、どうやら「ポスト・モダニズムの終焉」という現在についての認識が背後にあるらしいな。1990年代におけるハンナ・アーレントの「復権」や加藤典洋(やドイツにおけるペーター・スローターダイク)の論壇における「突出」という事態はそのことを告げていたはずなんだが、それに対するポス・トモダニストの側からの応答(スガ秀実の言葉を使うと「応接」)という面もあるんだろうな。
 そう言えば、スガ秀実は以前西部邁の『発言者』に全共闘論みたいのを連載していたよね。
 そうだな。『革命的な、あまりに革命的な』の「あとがき」によると、この本はその時の連載をまとめたものではないが、そこに書かれていた内容はすべて含んでいるんだそうだ。

 俺はスガ秀実の経歴をよく知らないんだが、どうやら最近は「マルクス主義の再建」というモチーフで評論活動を展開しているみたいだね。しかもそのモチーフには更に裏があって、どうもそれは「ポスト・モダニズムの再建」ということになるみたいだよ。
A へえー。そうするとスガ秀実の場合は君の「マルクス主義の再建」とはベクトルが逆向きになるよね。君の場合は「レーニン主義の再建」というか、むしろ「革命的テロルの復権」に近いからね。
B 物騒なことを言うなよ。君には繰り返し言っているように、もし俺に「マルクス主義の再建」というモチーフがあるのだとすれば、それはマルクス主義が本来持っているはずの本質的にラディカルでクリアな啓蒙主義を救い出すこと、それからそのマルクス主義的啓蒙主義が持っている「必然の王国から自由の王国へ」という志向を実現するために、革命的介入主義というものを再創造して行くということだよ。だからマルクスやレーニンやトロツキーを現在に救い出すための媒介項(スガ秀実の言う「参照先」)は、イデオロギー的にはあまりマルクス主義的とは言えないハンナ・アーレントやメルロ=ポンティ(やジョン・メイナード・ケインズ)になるわけだよ。
A 俺としてはポスト・モダニズムにとどめを刺して欲しいと思うけどね。
B そんな必要はないよ。だいたいポスト・モダニズムそれ自体が「大衆(消費)社会適応型マルクス主義」でもあったわけだからね(スガ秀実の言う「カルチュラル・レフト」等)。ところが2003/06/14にも言ったように、いまやポスト・モダニズムそれ自体の存立条件であったところの「大衆(消費)社会」や「豊かな社会」が壊れ始めているわけだからね。上に言った「ポスト・モダニズムの終焉」という事態は、そうした現在の条件に規定されているはずなんだ。つまり、俺も含めていろんなところで1960年代への関心が高まっているということ自体が、ポスト・モダニズムが既に終っている(つまりとどめを刺されている)ことに規定されているわけさ。もちろんこのことはフーコーやデリダやドゥルーズやアルチュセールの思考やその意味といったこととはまた別のことだよ。俺が言っているのはイデオロギーとしてのポスト・モダニズムのことさ。
A なるほどね。つまり、俺がはじめに訊いた1960年代を主題にした小嵐八九郎やスガ秀実や坪内祐三の本が出て来たこと、それから最近の君の1960年代への関心といったものは互いに関連しあっているどころか、それぞれが現在に条件づけられているということだね?
B そういうことだろうと思うよ。そもそも「下部構造」において1960年代回帰が始まっている(但し後ろ向きのベクトルで)ということなんだろうと思うよ。だから2003/01/28に言ったような、90年代のアメリカにおけるカントリー・ミュージック復興や「J-POP音階の60年代回帰」に見られる音楽における「ユートピア的共同性」への志向ということも含めて、これはひとつの大きな不可避の「流れ」なのかもしれないね(君としては「ユートピア的共同性」という俺の言い方はお気に召さないらしいが)。

 しかし君が言っているように、いまや「大衆(消費)社会」や「豊かな社会」が壊れ始めているんだとすると、「マルクス主義の再建」の裏にあるらしい「ポスト・モダニズムの再建」というスガ秀実のモチーフは成り立たないことになるよね。
 そうだよ。だから危機意識いっぱいのスガ秀実は新たな「参照先」を1960年代に求めたわけなんだろう。「おわり」のイデオロギーであるところのポスト・モダニズムの起点はたしかに1960年代にあったわけだからね(フーコーやデリダやドゥルーズやアルチュセールの「主著」はほとんど1960年代に書かれているからね)。『革命的な、あまりに革命的な』の巻末の人命索引を見ればスガ秀実の新しい「参照先」は一目瞭然で、具体名を挙げれば、赤瀬川原平、天沢退二郎、岩田弘、イマヌエル・ウォーラーステイン、宇野弘蔵、大江健三郎、桶谷秀昭、唐十郎、アントニオ・グラムシ、黒田寛一、ヨシフ・スターリン、津村喬、寺山修司、ドゥルーズ/ガタリ、アントニオ・ネグリ、橋川文三、花田清輝、廣松渉、藤本進治、三島由紀夫、宮川淳、毛沢東、吉本隆明、等々といった具合になるわけさ。そしてスガ秀実のこの『革命的な、あまりに革命的な』が指し示している最も重要な「参照先」は、結局のところ津村喬みたいだよ。
 えーっ、ホントかよ。あの毛沢東派ノンセクトの津村喬かよ。しかし考えてみれば分からないではないな。あの「バリケードと解放区」に象徴される60年代闘争の終息局面で最も鋭く「次」を提起できた人物は、たしかに津村喬だったと言えるかもしれないからな。「三馬鹿ゲバリスタ」も面白かったが、彼らはラジカルではあってもあまりロジカルじゃなかったからな。
 そういうことだよ。俺たちから見れば「三馬鹿」(太田竜、竹中労、平岡正明)も津村喬も似たようなもんだろうが、70年代以降のポスト・モダニズムにつながるのは津村喬の方だからな。しかも津村喬は「同伴知識人」などではなく、早稲田の反戦連合の活動家だったわけだからね。つまり津村喬が当時語っていたことは、極めて「実践的」な話だったわけだからね。
 それは分かるけど、津村喬が言っていたような方向で60年代が「延命」するんだとしたら、俺としては御免こうむりたいと思ったね。結局それはハンナ・アーレントが言う意味での「大衆運動」みたいなもんだろ? つまり極めてナイーヴな意味でのコミューン主義というか、ソヴィエト主義というか、要するに「大衆の自然(発生性)」へといわば拝跪して行くような方向(グラムシ/スガ秀実の言う「陣地戦」)だろ?
 そうだ。しかし60年代闘争の「持続性」が優先されるんだとしたら、それも「有効」に見えただろうということだよ。しかし、当時の学生大衆はそれほど馬鹿じゃなかったということだな。彼らはモーリス・ブランショの言う「なんであれ持続に加担してはならない」ということを直感的に理解していたんじゃないのか。だから津村喬のロジカルな「優位性」というものも、結局は見掛けだけのものでしかなかったということだろう。
 それにしてもスガ秀実はなんだっていまごろそんな本を出したんだ?
 何度も言っているように、そこに「ポスト・モダニズムの再建」というテーマが賭けられていたんだろうよ。しかしながら、前から言っているように60年代後半の「バリケードと解放区」というものは、結局のところ、PPMやビートルズの「60年代音楽空間」の「悪しき模倣」だったということだよ。そのことを400ページ近い本でスガ秀実が逆説的に言って見せてくれたということだよ。つまり、1960年代は依然として「問題」であり続けているわけだが、しかしそれはスガ秀実のように語られてはならないということだよ。

 君が言っていることは分からないではないんだが、つまり「介在(In-Between)的」であるが故に「自由」な権力空間の創設という画期的な革命概念を提起したハンナ・アーレントの『革命について』(1963年)とほぼ同時期に、しかもアーレントの権力概念をなぞり・体現するようにして登場して来たPPMやビートルズの音楽こそが真に「革命的」なんだという君の主張はよく分かるんだが、であるとしたらどうしてポスト・モダニストたちはそこに着目しないんだ? だいたいスガ秀実は『革命的な、あまりに革命的な』では、PPMはもとよりビートルズについてだってひとことも言及していないんだろう?
 そうなんだ。60年代の詩や小説や演劇については大きく触れているくせに、60年代音楽についてはまったく触れていない。
 いったいそれはどういうことなんだ? いくらジョン・レノンが「レボリューション」で反動的(で反マオイズム的)なことを歌っていたと言っても、音楽と歌詞が別のものだってことはみんな知ってることだろ?
 もちろんだ。しかしアドルノだってジャズを「誤認」したように、分かろうとしないかぎり分からないことというのはあるだろ? しかも相手は「たかが音楽」じゃないか。俺だってアーレントを媒介しないかぎり、直感的なレベルを超えてPPMやビートルズの音楽の「本質」を理解することはできなかったわけだからな。
 だとすると随分とろいやつらだね(ひょっとすると、デリダの『声と現象』(1967年)や『グラマトロジー』(同)以来、ポスト・モダニズムにとっては音楽は「敵」なんだうか?)。
 いや実にとろいよ。君が言った、「介在(In-Between)的」であるが故に「自由」な権力空間の創設というハンナ・アーレントが提起した革命概念(「ブック・レビュー(5)」参照)こそ、真にマルクス・レーニン主義的な革命概念なんだってことを述べた文章さえ俺は読んだ記憶がないからね(もっともマルクスにせよレーニンにせよ、アーレントのように踏み込んだ、存在論的とでも言うべき革命概念は提起していないけどね)。つまり世の自称マルキストたちはアーレントのような仕方では1956年のハンガリー革命を受け止めてはいないんだよ。一部のトロツキストを除く左翼の連中は、(非左翼のアーレントとは逆に)ハンガリー革命がなんであったかということをまったく見ようともせず(スガ秀実もそれを「ハンガリー事件」と呼んで、ハンガリー革命の「中味」についてはなにも言及していない)、もっぱらそれを「戦車で圧殺した」スターリニズムの方だけを「問題」にしているだろ? だから、ハンガリーの革命的労働者人民の殺戮を受けて登場した反スターリニズム左翼そのものが極めて「いかがわしい」しろものだったわけさ。日本では今後10年ぐらいかけて『ローザ・ルクセンブルク全集』が刊行されるらしいが、それもアーレント(やメルロ=ポンティ)らを媒介して捉え返して行くのでないかぎり、あまり意味があるとは思えないね(俺としてはどうして『トロツキー全集』じゃないんだと叫びたいよ。とりわけ日本で必要なのはまずは『トロツキー全集』だろう?)。

 なるほどね。つまり、君が2003/06/05に言っていたような「ニュー・ディーラーと戦後民主主義」というようなパースペクティヴからアーレント/PPM/ビートルズ的な1960年代を見て行くんじゃなきゃ駄目だということかな? 言い換えれば、ケインズ主義(や関東軍等々???)をもそこに位置づけうるようなまったく新しい「革命史」が要請されているということかな?
 まさにその通りだよ。「革命の本流」はそこにあるということだよ。ハンガリー革命だって多分そういう方向から捉え返すことができるだろうと思うよ。世に言う「アメリカニズム」にしたって、アーレント的な「アメリカ革命」の捉え返しや「ニュー・ディール」の見直しからなされるのでなければ、まったくどうしようもないしろものになってしまうということだよ(「ネオコンのアメリカ」や「ハリウッドのアメリカ」みたいな捉え方がそれだが)。トロツキーがハンガリー革命の頃まで生きていたら、左翼がここまで「歴史」を見失ってしまうこともなかったろうと思うんだけどね。レーニンが1924年に死んだ時、「レーニンという偉大な父を失った世界の党と労働者階級はみなしごになってしまった」とトロツキーは述べていたが、いまこそトロツキーが言っていたことの本当の意味が痛いほどに分かるね。ひとくちに「マルクス主義の再建」と言っても、それは決して容易なことではないということだよ。なにしろ俺たちはみなしごだからな。まあ、みなしごの「自由」というものもあるわけで、おかげで俺の中では天皇主義とマルクス主義、大東亜戦争(の栄光)とニュー・ディール的戦後民主主義とが仲良く同居しているよ。
 君は本当に変なヤツだよ。しかし「介在(In-Between)的」で「自由」な人間存在が「歴史」の主人公である(あらねばならない)ということがもっぱら問題であるというのなら、それも分からないではないけどね。吉田茂じゃないが、大東亜戦争における日本の負けっぷりはたしかに「見事」ではあったからね。とりわけミッドウェーとガダルカナルの敗戦は言葉を失うほど凄絶で悲劇的で、従って最も「ブリリアントな」歴史的瞬間だったよ。空母4隻からなる世界最強の機動部隊(南雲艦隊)を一瞬にして失うというような経験は、人類史上空前にして絶後だろうからね。米機動部隊のスプルーアンス少将(ミッドウェー海戦当時)は、この奇跡としか思えない勝利を死ぬまで信じることができかったのかもしれない。あるいはその本質的に人間離れした沈着冷静さゆえ、他人がその勝利を称賛することが逆に理解できなかったのかな? いずれにせよ、スプルーアンスの晩年がこのような歴史的勝利をもたらした提督に相応しからぬものだったと言われているのも分かるような気がするよ。話は飛ぶけど、イランとイラクに対するいまの日本政府の「二重の対応」はちょっとした見ものだね。
 そうだな。ビルマ(ミャンマー)ではアメリカに譲歩しても、イラン・コネクションはできるかぎり死守する必要があるだろうな。サウジ・アラビアで原理主義革命が起きる可能性は依然としてあるわけだからね。小泉としてもここは正念場になりそうだな。

管理人のつぶやき(4)へ

トップページへ戻る